立法権の尊重と、それを無視した昭和35年判決

gendai.ismedia.jp

私としては記事内容に賛成はしないが、私や業界にとって合憲限定解釈に関する重要な知見があると思われるのでメモとして残しておく。

 

一票の格差」訴訟で、最高裁が「先例」として引き継いでいるのが、1964年2月の大法廷判決への「補足意見」だ。この判決と「補足意見」は、最初の「一票の格差訴訟」で出されたものである。

「4.09倍」の格差のもと実施された参議院選挙に対し、最高裁は「合憲」の判断を下しているが、その判決の主旨を補う「補足意見」を最高裁判事だった斎藤朔郎が書いている。

斎藤は、その中で「政治的紛争から完全に離れること、政治的決定に際しての政治的勢力の衝突の渦中に身を投じないことが必要である」「司法審査の範囲を拡大するよりも、『司法権の効果的な実行に内在する本来的な限界』を守っていくことの方が、むしろ肝要」と述べている。

 

というわけで裁判所サイトの判決文へのリンク。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53126

 多数意見が、各選挙区に如何なる割合で議員数を配分するかは、立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であるとしている点は、私にも異論がないところである。しかし、多数意見が、現行の公職選挙法別表二が選挙人の人口数に比例して改訂されないための不均衡が所論のような程度ではなお立法政策の当否の問題に止るとして、例外の場合すなわち、選挙区の議員数について選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合には違憲問題が生じ、したがつて右別表の無効を認める場合のあることを示唆している点に、私は危惧を感じる。

 

 いわゆる砂川事件の大法廷判決(昭和三四年(あ)第七一〇号同年一二月一六日、 刑集一三巻一三号三二二五頁)が「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて」といつているのも同様な考え方であると思うが、ある事項を原則的には裁判所の司法審査の対象から除外しながら、例外的にはその事項につき司法審査のおよぶ場合のあることを留保していることは、司法権の権威を守り、裁判官の職務に忠実ならんとする熱意の現われともいうべきものであつて、それは延いて国民の基本的人権の擁護に奉仕するものである。この心構えが、裁判官にとつて必要なことはいうまでもないが、実際問題と して、そうすることによつて果して所期の如くに司法権の権威を高め、国民の信頼をえることができるであろうか。

私は、この点を再考してみる必要があると思うのである。アメリカ合衆国最高裁判所が一九六二年三月二六日にしたBaker V .Carr事件の判決についているフランクフルター判事の長文の少数意見を通読して、その感を一層深くした。(以下の記述のうちで、「 」をもつて表示してあ る部分は、同判事の意見またはその引用の先例中の文句を意訳したものである。)  「財力も武器も持たない裁判所の権威は、最終的には、国民の道義的な信頼によつて支えられているのである。そのような国民感情を培養するには、裁判所は、事実上も外観上も、政治的紛争から完全に離れること、政治的決定に際しての政治的勢力の衝突の渦中に身を投じないことが必要である。」

 

司法審査の門戸を広げるだけでは、司法権の権威を必ずしも高めることはできない。司法審査の範囲を拡大するよりも、「司法権の効果的な実行に内在する本来的な限界」を守つていくことの方が、むしろ肝要であらねばならない(拙稿・法と国家権力、法哲学年報一九五五 年一六頁参照)。

 選挙区別の議員定数を決定する要素は、多数意見も説示しているように、選挙人の人口比率以外の幾多の要素をも包含している。そして、それらの諸要素を考慮に入れて判断するには、「司法的判断のための満足すべき基準」がないということに、 留意しなければならない。フランクフルター判事は、「かかる問題の決定権を裁判所に与えることは、裁判官に神の力を与えようとすることである。」とまで極言している。「わが憲法の下では、すべての政治的な過誤や立法権の望ましからぬ行使に対し、常に司法的救済が与えられるものとは限らないということを、卒直に認識しなければならない。」「民主社会においては、国民の代表者の良識を呼びさます国民の良識に、救済を求めるより外はないのである。」ということで満足すべき場合もあるのでないだろうか。

 

 多数意見は、選挙区の議員数について選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合、といつているが、具体的に如何なる事態を指すかは明瞭でない。おそらくは、将来においても、この場合に該当するとして選挙が無効とされる ようなことは、容易に起るまいと思う。私は、世論の力、立法機関や行政機関の良識を、もつと信頼してよいのでないかと考える。明確な基準のない場合に、判決で違憲とすべき場合のあり得ることを約束してみても、それに当るものとして提起される訴訟は、基準に達しないものとしてすべて排斥されてしまうのではなかろうか。 それでは、「将来を約束する言葉の響きを与えながら、期待をふみにじる」結果になり、かえつて国民の司法に対する信頼を裏切ることにならないかを、私は危惧する。

 

 かりに、公職選挙法別表二が憲法の平等条項に違反することによつて、選挙が無効と認められた場合には、如何なる事態が発生するかを考えてみるに、「その究極の結果は、国民から現在の立法機関を奪つてしまい、しかもそれに代る新しい立法機関を選出する方法もなく、ついに国家の機構の破滅を招来」しかねない。参議院の半数改選議員の選挙が全部無効となるような事態が発生すれば、国会の機能は全く停止されてしまうであろう(国会法一〇条参照)。  そもそも、公職選挙法二〇四条の訴訟は、本来は、選挙の管理執行上の過誤を是正することを目的とする制度であると考える。さればこそ、右訴訟の結果による再選挙は、これを行うべき事由が生じた日から四〇日以内に、行わなければならないとされている(公職選挙法一〇九条四号、一一〇条二項、三四条一項参照)。

本件別表二が違憲無効と認められた場合に、果して四〇日という短期間内に、別表の改正が行われることを、期待できるであろうか。それができなければ、無効の選挙をくり返えしていくより仕方がない。右二〇四条の規定を合理的な範囲内で拡張解釈することは差し支えないとしても、国会と裁判所との間において、裁量判断にくいちがいの生じるおそれの多分に存する問題についてまで、司法的解決を与えんとすることは、拾収すべからざる混乱を招来するものと思う。かように考えてくると、 右二〇四条の訴訟で、本件事案におけるような請求を求めることの合法性に、私は強い疑問をいだく。  

 

選挙制度に関する裁判なので、単純に立法裁量権の尊重、と単純に解釈してはいけないのだろうが、そんな感じである。

 

なお、昭和35年判決に関わった裁判官のうち、反対意見だった石坂修一裁判官、多数意見だった奥野健一裁判官の2人がこの裁判にも関わっている。

 

合憲限定解釈から処罰範囲を広げた例としては全農林警職法事件がある。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50906

この判決の追加補足意見は読んでおこう。

(二)つぎに、多数意見は、国公法110条一項一七号について、福岡高等裁判所判決(昭和四一年(う)第七二八号同四三年四月一八日判決)が示した限定解釈は犯罪構成要件の明確性を害するもので憲法三一条違反の疑いがあるというが、われわれは、右の限定解釈は明らかに憲法三一条に違反するばかりでなく、本来許さるべき限定解釈の限度を超えるものであるとすら考えるものである。すなわち、同判決は、国公法の右規定を限定的に解釈して、争議行為が政治目的のために行なわれるとか、暴力を伴うとか、または、国民生活に重大な障害をもたらす具体的危険が明白であるなど違法性の強い争議行為を違法性の強い行為によつてあおるなどした場合に限り刑罰の対象となるというのであつて、いわゆるD事件についての当裁判所大法廷判決の多数意見がさきに示した見解とほぼ同趣旨の見解を示しているのである。

ところで、憲法判断にさいして用いられる、いわゆる限定解釈は、憲法上の権利に対する法の規制が広汎にすぎて違憲の疑いがある場合に、もし、それが立法目的に反することなくして可能ならば、法の規定に限定を加えて解釈することによつて、当該法規の合憲性を認めるための手法として用いられるものである。

そして、その解釈により法文の一部に変更が加えられることとなつても、法の合理的解釈の範囲にとどまる限りは許されるのであるが、法文をすつかり書き改めてしまうような結果となることは、立法権を侵害するものであつて許さるべきではないのである。

さらにまた、その解釈の結果、犯罪構成要件が暖味なものとなるときは、いかなる行為が犯罪とされ、それにいかなる刑罰が科せられるものであるかを予め国民に告知することによつて、国民の行為の準則を明らかにするとともに、国家権力の専断的な刑罰権の行使から国民の人権を擁護することを趣意とする、かのマグナカルタに由来する罪刑法定主義にもとるものであり、ただに憲法三一条に違反するばかりでなく、国家権力を法の支配下におくとともに国民の遵法心に期待して法の支配する社会を実現しようとする民主国家の理念にも反することとなるのである。

このことは、大陸法的な犯罪構成要件の理論をもたない英米においても、つとに普通法上の厳格解釈の原理によつて、裁判所は、個々の事件について、法文の不明確を理由に法令の適用を拒否する手段を用いて、実質上法令の無効を宣言するのとひとしい実をあげてきたといわれているのであるが、とくに米国では、一世紀も前から法文の不明確を理由としてこれを無効とする理論が芽ばえ、一九〇〇年代にはいつてからは、国民の行為の準則に関する法令は、予め国民に公正に告知されることが必要で、そのためには 法文は明確に規定されなければならないとして、憲法修正五条、六条、一四条等の適正条項違反を理由に不明確な法文の無効を宣言する、いわゆる明確性の理論が判例法として確立され今日に及んでいるのである。

この法文の明確性は、憲法上の権利の行使に対する規制や刑罰法規のような国民の基本的権利・自由に関する法規については、とくに強く要請されなければならないことは当然である。

ところで、前記福岡高等裁判所判決は、あおり行為の対象となる争議行為の違法性の強弱を判定する基準の一つとして、「国民生活に対する重大障害」ということをあげている。同様にD事件判決の多数意見は、「社会の通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障」といつている。
しかし、国民生活に重大な障害とか支障とかいう基準はすこぶる漠然とした抽象的なものであつて、はたしてどの程度の障害、支障が重大とされるのか、これを判定する者の主観的な、時としては恣意的な判断に委ねられるものであつて、そのような弾力性に富む伸縮自在な基準は、刑罰法規の構成要件の輪郭内容を極めて暖味ならしめるものといわざるをえない。
また、D事件判決の多数意見のように「社会の通念に反し不当に長期に及ぶなど」という例示が示されているとしても、どの程度の時間的継続が不当とされるのか、これまた甚だ不明確な要件といわざるをえないばかりでなく、そのうえ「社会の通念に照らし」という一般条項を構成要件のなかにとりこんでいることは、却てその不明確性を増すばかりである。

したがつて、かような基準を示された国民は、自己の行為が限界線を越えるものでないとして許されるかどうかを予測することができず、法律専門家である弁護士、検察官、裁判官ですら客観的な判定基準を発見することに当惑し(いわゆるA事件の差戻し後の東京高裁昭和四一年(う)第二六〇五号同四二年九月六日判決・刑集二〇巻五二六頁参照)、罰則適用の限界を画することができないばかりでなく、民事上、行政上の制裁との限界もまた不明確であつて、法の安定性・確実性が著しくそこなわれることとなる。
現に全国の事実審裁判所の判決においても、「国民生活に重大な障害」に関する判断が区々にわかれて統一性を欠いているのが今日の実情なのである。

さらにまた、右のような限定解釈は、罰則の適用される場合を制限したかのようにみえるのであるが、それに示されているような抽象的基準では、前記判決が志向したところとはおよそ逆の方向にも作用することがないとも限らない。
けだし、法文の不明確は法の恣意的解釈への道をひらく危険があるからである。

もつとも、右の基準の明確な確立は、今後の判例の集積にまてばよいとの反論もあろう。
最近の、カナダの連邦公務員関係法、アメリカのペンシルバニヤ州の公務員労使関係法およびハワイ州公法は、重要職務に従事する公務員についてのみ争議行為を禁止しているのであるが、それらの立法に対する、職務の重要性・非重要性を区別することは困難であるとの批判に対して、裁判所の判例の集積による解決が最も妥当であるとの反論もみられる。
しかし、右の諸立法においては、別に第三者機関による重要職務の指定判定の制度があつて、それによつて重要公務の範囲が一応は形式的に明確にされる建前なのであるから、その指定判定に争いがあるとき裁判所の判断をまつということのようである。
すなわち、それは、重要職務に従事する公務員の範囲を主体の面から限定するものであつて、行為の態様による限定ではないのである。
「国民生活に重大な障害」の有無というような行為の態様の基準の明確な確立は、むしろ、判例の集積による方法にはなじまないというべきであろう。

およそ国民の行為の準則は、裁判時においてではなく、行為の時点においてすでに明確にされていなければならない。また、終局判決をまたなければ明確にならないような基準は、基準なきにひとしく、国民を長く不安定な状態におくこととなる。国民は各自それぞれの判断にしたがつて行動するほかなく、かくては法秩序の混乱はとうてい免れないであろう。

憲法問題を含む法令の解釈にさいしては、いたずらに既成の法概念・法技術にとらわれて、とざされた視野のなかでの形式的な憲法理解におちいつてはならないことはいうまでもないことであり、また、絶えず進展する社会の流動性と複雑化とに対処しうるためには、犯罪構成要件がつねに客観的・記述的な概念にとどまることはできず、価値的要素を含んだ規範的なものへと深化されることも必要である。
さらに、正義衡平、信義誠実、公序良俗、社会通念等々の、もともとは私法の領域で発達した一般条項の概念が、法解釈の補充的原理として具体的事件に妥当する法の発見に寄与するところがあることも否定できない。しかしながら、あまりにも抽象的・概括的な構成要件の設定は、法の行為規範、裁判規範としての機能を失なわしめるものであり、いわんや、安易簡便な一般条項を犯罪構成要件のなかにとりこむことは極力これを避けなければならない。第二次大戦前のドイツ法学界において、一般条項がいともたやすく遊戯のように労働法を征服したとか、一般条項は個々の犯罪構成要件をのりこえてしまう傾向をもつとかと、強く指摘した警告的な主張がなされたことが思いあわされるのである。

法の規定が、その文面からは一義的にしか解釈することができず、しかも憲法上許される必要最小限度を超えた規制がなされていると判断せざるをえないならば、たとえ立法目的が合憲であるとしても、その法は違憲とされなければならない。
しかるに、国公法一一〇条一項一七号についての前記のような限定解釈は、それを避けようとして詳密な理論を展開したのであるが、惜しむらくは、その理論の実際的適用について前述のような重大な疑義を包蔵するうえに、その限定解釈の結果もたらされた同条の構成要件の不明確性は、憲法三一条に違反するものであり、また、立法目的に反して法の規定をほとんど空洞化するにいたらしめたことは、法文をすつかり書き改めたも同然で、限定解釈の限度を逸脱するものといわざるをえないのである。

wikipediaの医業類似行為のページでは

医業類似行為 - Wikipedia

この判例に対しては、人の健康に害を及ぼすおそれがあるか否かは一概に判断できない場合が多く、法は抽象的に有害である可能性があるものを一律に禁止しているのであり、健康に害を及ぼすおそれがあることを認定する必要はなく、そのように理解しても憲法22条に違反しないという批判も強い。

また、この判決が出た当時は憲法訴訟論が本格的に論じられておらず、違憲審査基準につき不十分な議論しかされていなかった当時のものであるとして、先例としての価値がどれだけあるか疑問であるとの指摘もされている(無登録で医薬品を販売していたとして旧薬事法違反で起訴された事案につき、最大判昭和40年7月14日刑集19巻5号554頁を参照)。

と後年の判例を見る限りでは、昭和35年判決に先例の価値がどれだけあるか、疑問ではある。

 

HS式無熱高周波療法の危険性に関する判断。

単なる覚書。

簡易裁判所昭和28年4月16日判決より

 

 弁護人はH・S式無熱高周波療法を業とすることは憲法第22条に保障されている自由な職業であり且この療法は全然無害で何等公共の福祉に反しない、従って被告人の行為は処罰の対象とならない旨主張する、

これ等の規定の趣旨とするところは医業類似行為が人体に及ぼす影響並びに効果に照して一定の学識経験を有する者に対してのみかかる行為を業とすることを認めそれ以外の者については之を禁ずることを以て公衆の保健衛生の向上に合致する所以であるとなした事は明らかであって、斯る制限を設けることは公共の福祉を維持する為必要であると謂わなければならない。

 従って前記の諸規定は憲法第22条の職業選択の自由に対する制限であるが何等同条に違反するものとは謂い得ない、而してH・S式無熱高周波療法が医業類似行為に該当することは前認定の通りであるのでかかる療法を業とすることの制限を以って憲法第22条に違反するとなす主張は採用し得ない。

「公衆の保健衛生の向上に合致する所以である」と法規制の目的を述べている。

 

控訴審である仙台高裁昭和28年(う)375号では危険性関し、

而して右法律が之を業とすることを禁止している趣旨は、かかる行為は時に人体に危害を生ぜしめる場合もあり、たとえ積極的にそのような危害を生ぜしめないまでも、人をして正当な医療を受ける機会を失わせ、ひいて疾病の治療恢復の時期を遅らせるが如き虞あり、之を自由に放任することは正常な医療の普及徹底並に公共の保健衛生の改善向上の為望ましくないので、国民の正当な医療を享受する機会を与え、わが国の保険衛生状態の改善向上をはかることを目的とするに在ると解される、

と、医業類似行為が

  • 危害を生じることもあること
  • 疾病の回復を遅らせる恐れがあること

とし、「正常な医療の普及徹底並に公共の保健衛生の改善向上の為望ましくない」と述べている。

 

しかしHS式無熱高周波療法の危険性に関しては何も判示していない。

 

そのため最高裁

原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

と、HS式無熱高周波療法の、人の健康に害を及ぼす虞の有無を判示しろ、と言っているわけである。

 

で、差し戻された仙台高裁では有害性の有無について、大学などに依頼して鑑定し、有害だから有罪とし、被告人は再び上告したものの、今度は上告棄却で有罪確定である。

 

差し戻し控訴審に関しては以下のまとめに書いた。

togetter.com

 

ちなみに(歯科)医師法違反や保助看法違反の成立には抽象的な危険で良いとされる。しかしそういう判例が積み重ねられたのは昭和35年判決の後の話である。

 

そのため差し戻し控訴審は具体的な危険性を審理しているようで、やりすぎ、あるいは昭和35年判決の解釈を間違えているのではないか?という気もする。

 

なお、富士見産婦人科病院事件の保助看法違反の控訴審で、被告人は昭和35年判決を引用し、無資格者に行わせた行為は「人の健康に害を及ぼすおそれのない行為」と主張したが、裁判所は医師が無資格者に行わせることができる行為として

医師が無資格者を助手として使える診療の範囲は、いわば医師の手足としてその監督監視の下に、医師の目が現実に届く限度の場所で、患者に危害の及ぶことがなく、かつ、判断作用を加える余地に乏しい機械的な作業を行わせる程度にとどめられるべきものと解される。

と判示し、被告人が行わせた行為は「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為である」として被告人の控訴を棄却し、有罪判決を維持している。

というわけで、昭和35年判決を肯定しつつ、無資格者が行って良い行為は太字に示された、

  • 患者に危害の及ぶことが無い。
  • 判断作用を加える余地に乏しい機械的な作業

の両条件を満たした行為と言える。

 

で、この事件で被告人から超音波検査(ME検査)の指示(?)を受けて行っていた無資格者は医師法違反で起訴されていたりする。

その判決文より

 しかるところ、本件ME検査は、ME装置の操作技術に習熟した者が、解剖学、生理学、病理学等の医学的知識及び経験に基づき、的確にこれを行うのでなければ、診断の正確性ないしは治療の適正を損ない患者の健康状態に悪影響を及ぼすべきことが明らかであるから、本件被告人の前示のような行為、すなわち、ME装置を操作して患者の具体的病状、病名等を独自に診断、判定し、その結果及び検査治療方法等を自ら患者に告知し、かつ、精密検査ないしは手術のための入院を慫慂するという行為を反覆継続する意思で行つたことは、医師が行うのでなければ保健衛生上人体に危害を及ぼすおそれのある行為を業として行つたものとして、医師法一七条にいう医業に該当するものと解される。

というわけで、

  • 身体の状況について判断するための情報を集める行為(問診や検査など)
  • 身体の状況について判断すること
  • 身体の状況について判断したことに基づいて行う行為(病状告知や施術)

というのは当然判断作用を伴う行為であり、無資格者が行うのは許されない。

 

ちなみにこの判断作用を伴う行為、というのは押す力の加減といったことも含む。富士見産婦人科病院事件の保助看法違反事件では縫合糸の結紮に関しても

細密な縫合状況についての視認結果と指先の感触に基づき、自らの判断を加えながら、縫合糸を結ぶことによって創口を閉鎖することであり、それ自体として患者の身体や健康状態に重大な危害を及ぼすおそれがあるのはもとより、微妙な判断作用を伴う機械的とは到底いえないものであって、医師による監督監視の適否を論ずるまでもなく、無資格者が医師の助手として行うことができる行為の範囲をはるかに超えているといわなければならない。

と判示してる。

 

さて、業というのは営利目的でなくても成立するが、施術を受ける側の場合、判断作用が不要な行為にお金を払う気になるだろうか?

 

生業にする場合、金銭に見合った働きをしようと、判断が必要な行為をしがちになるのでは?

あるいはエッチなサービスの提供とか。

binbocchama.hatenablog.com

 

というわけで、当初は判断が不要な行為のみを行っていたとしても、生業としていればそのうち要判断行為を行うようになる、と考えても良いのではと思ったり。

無免許医業者の損害賠償を裁判所は認めない。

入れ墨店の競業禁止条項に関する裁判である。

業として入れ墨を彫るのは医師法第17条に反するのはタトゥー裁判で示されたとおり。

binbocchama.hatenablog.com

 

整体やカイロプラクティックなどの無免許医業又は医業類似行為も違法行為であるため、参考になるかと思う。

 

名古屋地方裁判所 平成28年(ワ)4337

 事案の概要

 原告:入れ墨店を経営する法人および代表者

被告:原告と業務委託契約を結んで、原告の店で入れ墨を彫っていた。

 

原告と被告の間に交わされた業務委託契約には競業禁止条項があった。

被告は、原告及び原告のグループ店舗を退店又は退職及び失職した場合、原告及び原告のグループ店舗から半径1.5キロメートル以内における、独立、営業活動及び営業行為を一切禁止とする。

被告は独立して入れ墨店を開設し、開設した地域は競業禁止条項に触れる地域であった。

 

そのため競業禁止条項に違反し、原告に損害が生じたとして被告に損害賠償を求めた。 

 

他に従業員の引き抜きなどもあるが、無免許医業とは関係無いので本記事では割愛する。

判決文に書かれている事案の概要は以下の通り。

本件は、原告が経営する入れ墨店において彫り師として稼働していた被告が、原告被告間で締結された業務委託契約上の競業避止条項に違反し、かつ、原告の従業員を違法に引き抜いて、自ら入れ墨店を開設したことにより損害を被ったとして、原告が被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金132万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成28年6月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

裁判所の判断

改行、強調などは筆者による。

 1 争点(1)(本件競業避止条項の有効性)について

 

 原告は、被告が本件競業避止条項に反して原告店舗から1.5キロメートル以内の場所に被告店舗を開設し、客に入れ墨の施術をする業務を行っているとして、損害賠償請求を行っている。

これに対し、被告は、本件競業避止条項が無効であると主張して、原告の請求を争っている。

 そこで検討するに、本件競業避止条項の趣旨は、原告店舗を含む原告が開設する入れ墨店の営業や業務を保護するものと解される。

 

 しかしながら、医師免許を有しない者が客に入れ墨の施術を行うことは、その客等に肝炎ウイルス等による重篤感染症に罹患する危険性を生じさせるものであるほか、注入される色素によってアレルギー反応等を引き起こすなどの危険性もある行為であることは、公知の事実というべきである。

厚生労働省医政局医事課長による通達(乙7)においても、「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」は、「医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反する」ものであって、「違反行為に関する情報に接した際には、実態を調査した上、行為の速やかな停止を勧告するなど必要な指導を行うほか、指導を行っても改善がみられないなど、悪質な場合においては、刑事訴訟法第239条の規定に基づく告発を念頭に置きつつ警察と適切な連携を図られたい」とされており、実際にも、業として入れ墨の施術を行った者に対して医師法違反の罪により有罪判決が出されてもいる(乙9)

 

 これらの事情からすると、業として客に入れ墨の施術を行うことは、医師法に違反する違法な行為というべきであって、この結論は、入れ墨の社会的認識等に関する原告の主張によって左右されない。本件競業避止条項に違反したことを理由とする裁判上の損害賠償請求を認容することは、違法行為を保護することにほかならず、民法90条の趣旨に照らし許されないというべきである。

 

 そうすると、本件競業避止条項は、当事者間における紳士協定のようなものとして効力が肯定されるかは別としても、これに違反した場合に裁判上の損害賠償請求をするための根拠とする規定としては、公序良俗に反し無効というべきである。

 

原告は、被告が本件契約に基づき原告店舗で稼働し多額の報酬を得ていたこと等からすると、被告が本件競業避止条項の無効を主張することは信義則上許されない旨主張しているが、違法行為に保護を与えないとの原則を覆すほどの事情であるとは考え難く、原告の主張は採用できない。

 以上によれば、被告が本件競業避止条項に違反して被告店舗で営業を開始したことを理由とする原告の請求には理由がない。

 

民法第90条
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

一般の人は民法ではこれと家族関係のところだけ知っておけば良いと思うし、私も民法はこれら以外の分野は知りません。

 

まあ、何らかの原因で違法な商売で得られる利益を失ったとしても裁判所は損害賠償を認めない、ということです。

 

なので整体店やリラクゼーション店で、このような競業禁止条項を含んだ契約を結んでも無効なのです。

 

これが交通事故での人身傷害であれば賃金センサス(男女年齢学歴別の平均賃金)に基づいた損害賠償を認められたりもするのですが、この件は身体を傷つけたわけではなく、純粋に利益を失っただけです。

 

違法業務と交通事故に関しては下記まとめを。

togetter.com

 

もし整体師などと交通事故を起こして、賃金センサス以上の休業損害額を求められたら拒否してください。

 

整体やリラクゼーションなどと不正競争防止法(品質誤認惹起表示)

 

整体院のチラシだが、「整体師(有国家資格)」と書いてある。

記述内容から判断すると理学療法士(PT)か作業療法士(OT)かと思われる(おそらくPT)。看護師の可能性も否定出来ないけど。

 

理学療法士及び作業療法士

理学療法士及び作業療法士法に於いては

第十五条 理学療法士又は作業療法士は、保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、診療の補助として理学療法又は作業療法を行なうことを業とすることができる。


2 理学療法士が、病院若しくは診療所において、又は医師の具体的な指示を受けて、理学療法として行なうマツサージについては、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和二十二年法律第二百十七号)第一条の規定は、適用しない。


3 前二項の規定は、第七条第一項の規定により理学療法士又は作業療法士の名称の使用の停止を命ぜられている者については、適用しない。

とあり、あくまでも「診療の補助」、「病院、診療所において」、「医師の具体的な指示」などといった条件があり、独立判断での施術行為は認められていない。

 

なので医師やあん摩マッサージ指圧師など、独立判断施術を行える免許を保有していないPTなどが、独立判断の施術を行う整体院などの広告で、国家資格を保有することを表示することは不正競争防止法の品質誤認惹起表示に該当する。

 

品質誤認惹起表示

品質誤認惹起表示というのは不正競争防止法第2条第1項第14号に定義されている。

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

(略)

十四 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為

(省略)

長いので当業界や整体、リラクゼーション業(役務)に限定して書き直すと

役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をして役務を提供する行為

という感じである。

 

不正競争防止法は「事業者間の公正な競争」を確保し、「国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」*1

 

よって、不正競争を行った事業者に対し、他の競合事業者は不正競争行為の差止を求めたり、それによって生じた損害の賠償を請求できる。

 

他の目的で得られた認証を別の目的の製品の説明表示に用いたことが品質誤認惹起表示とされた裁判例

大阪地裁平成7年2月28日判決 平成3(ワ)3669号
出典 判例時報1530号96頁

不燃材料の認定は主たる用途を定めてなされるものであり、被告表示一〈1〉〈2〉〈5〉の不燃認定番号も、前示のとおりいずれも主たる用途を「建築物の屋根・壁・天井」として建設大臣の認定を受けた認定番号であり、主たる用途を「フランジガスケット材」として認定を受けたものではないから、「建築物の屋根・壁・天井」とは全く用途の異なるフランジガスケット材について使用する右各表示は、誤認惹起表示に当たるといわざるを得ない。

 

この裁判例では認定を受けた物、誤認惹起表示と認定された物、どちらも不燃材料である。しかし両製品の目的は違う。

 

これを今回の広告に置き換えれば、PTの免許は医師の指示に基づいて施術を行える免許である。

それに対し、あん摩マッサージ指圧師は独立判断での施術を認められている。

医学的知識や施術能力は共通していると言えるが、前述の業務の違いにより求められる診察能力も異なる。

 

これと同様のことは鍼灸マッサージ師と柔道整復師の間にも言える。

捻挫や打撲などの急性外傷に対する施術を目的とした柔道整復師の免許のみを持つ者が、慢性疾患や疲労回復目的のための施術を広告する際、国家資格を有することを表示することは同様に品質誤認惹起表示に該当すると考えられる。

binbocchama.hatenablog.com

 

また加入している協同組合が厚生労働大臣認定であることを示すのも、役務の質について誤認を与えるのであれば品質誤認惹起表示となる。

協同組合の認定で必要なのは財政的基盤や横領などを防ぐ人的な要件であり、施術の安全や効果に関してはなんら厚労省は判断していないのだ。

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binbocchama.hatenablog.com

 

清酒特級に劣らない優良な酒であっても、審査を受けずに「特級」を表示するのは品質誤認惹起表示である。

不正競争防止法違反 最一小昭和50(あ)1277

級別の審査・認定を受けなかつたため酒税法清酒二級とされた商品であるびん詰の清酒清酒特級の表示証を貼付する行為は、たとえその清酒の品質が実質的に清酒特級に劣らない優良のものであつても、不正競争防止法五条一号違反の罪を構成する。

5条1号とありますが、不正競争防止法は平成5年に全部改正が行われており、 現在の不正競争防止法と条数などが一致しません。

昔は日本酒に級制度があり、その級に応じて酒税率が変わっていたのです。

日本酒級別制度 - Wikipedia

で、国の審査を受けずに「特級」と表示したのが品質誤認惹起表示に問われ、実際に特級相当の品質であっても審査を受けずに表示するのは品質誤認惹起表示に該当する、と最高裁で判示されたわけです。

 

では、免許を持ってないと行えない行為(要免許行為)を、無免許であるにも関わらず、広告などで表示する行為は品質誤認惹起表示か?

 

 この業界以外に、無免許業者が堂々と営業している業界なんて無いものですから、無免許業者が要免許行為を表示した裁判例は、私が知る限りはありません。

しかし不正競争防止法の目的は不正競争の防止などの措置を講じ、「国民経済の健全な発展に寄与すること」を目的としており、無免許行為を宣伝することを放置すること「健全な発展」を阻害こそすれ、寄与することは無いでしょう。

 

前掲の判例が、実際に特級品質に相当していたとしても品質誤認惹起表示の罪が成立する、としているのですから、無免許施術者の診察能力の有無に関わらず、診察行為を行う旨、表示していれば品質誤認惹起表示に該当すると思われます。

--2018/03/19追記---

ネットの誹謗中傷対策業者に対し、弁護士が品質誤認惹起表示で訴えた事案では、原告が、被告の行為が違法業務(非弁行為、弁護士法第72条違反)と主張。 

知財高裁は被告の表示行為が非弁行為に該当するか否かを検証し、非弁行為に該当せず、として品質誤認惹起表示に該当せず、と判断している。

知財高裁平成27(ネ)10119

---追記終わり---

 

 

無免許医業の罪は行為者の能力には関係無い旨の裁判例もあります。

東京高裁平成6(う)646

不利益事実の不告知

また無免許業者が

  • 手技療法にはあん摩マッサージ指圧師の国家資格があること、手技療法に限定しなければはり師、きゅう師といった国家資格があること。
  • 自らが無免許であること

ことを消費者に伝えていない場合、消費者契約法上における不利益事実の不告知として施術契約は取り消し可能と思われます。

 

では不利益事実を表示しないことは不正競争防止法の品質誤認惹起表示か?

これまた私は裁判例を知らないのです。

 

国会議事録

衆議院会議録情報 第196回国会 予算委員会第七分科会 第1号

より抜粋。装飾は筆者による。

伊佐分科員は大阪6区選出の衆議院議員公明党)。

木村政府参考人経済産業省大臣官房審議官。

藤木政府参考人経済産業省大臣官房商務・サービス審議官。

○伊佐分科員

 リラクゼーションと呼ばれるところ、いろいろな会社の例えば広告を見ると、問診しますよとか体の状況について検査しますよ、アドバイスしますよと書いているものもあるんです。これは、免許がなければ、本来、法的には行っちゃいけないことなんです

 あるいは、ある業者のホームページには、当社では、全てのセラピストが、厚生労働大臣認可組合の公認セラピストとして認定を受けております、こういう広告があります。これは、厚生労働大臣認可、当然あはきとか柔整以外の施術に対して厚労大臣が認可することはありません。ないんですが、ここで言っていることは、厚労大臣が認可する協同組合、この組合が認定するセラピストなんですよということを言っているんですが、これだけぱっと見ると、本来、だから安全性とか有効性とは全く無関係、サービスの質とは無関係なんですが、何かこれが厚生労働大臣認可をもらっているような誤認を与えるんじゃないかと思っております。

 こうした例というのは、不競法、不正競争防止法上ひっかかるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

 

○木村政府参考人

 お答え申し上げます。
 不正競争防止法では、商品やサービスに関し、その品質や内容などについて誤認させるような表示を行う行為を不正競争行為と位置づけまして、民事上の措置及び刑事上の措置を規定しているところでございます。

 御指摘のような事案は、実際にはケース・バイ・ケースでございまして、個別の事案が不正競争行為に該当するかどうかの判断は司法当局においてなされるものでございますけれども、御指摘のあったような表示をすることが実際に役務の質や内容を誤認させるようなものである場合には、不正競争行為に当たり得るものと考えてございます。

 

○伊佐分科員

 今、当たり得るという答弁をいただきました。

 これは、不競法というのは対ビジネス、ビジネス間の公正な競争というのを担保するということですが、対消費者という観点でいきますと、消費者庁の景表法、景品表示法になると思います。不競法上についてもそういうあり得るということですので、恐らく景表法上、きょう消費者庁は呼んでいませんが、これも違法に問われる可能性があり得るんだというふうに私は認識をしております

(省略)
 そういう意味でも、このリラクゼーション業というものでは、一部不適切な表示をしているような事業者もいると聞いています。こういうことを政府が後押ししているんじゃないかという厳しい声が私のところに届いていますので、ぜひ、そういう誤解を与えることのないように、経産省でも施策の展開をしていただきたい。
 むしろ、この有識者の、鍼灸マッサージ師の方々をヘルスケア戦略に積極的に組み込んでいく、こういうような取組をしていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。

 

○藤木政府参考人

 経産省として、リラクゼーション業を含むサービス業を振興するという役割を担っているわけでございますが、これらの業を行う方々が先ほどありました不正競争防止法を始め関連法令を遵守しなければならないということは、当然の前提であるというふうに思っております。

 健全な業界の発展に当たっては、適切にサービスが提供される必要があるというふうに考えておりまして、例えば、一般社団法人日本リラクゼーション業協会というところでも、自主基準というのをつくられまして、その中で例えば広告のあり方、あるいは行う手技のあり方ということについて一定の基準を設けて、その周知を図られているというふうに聞いているところでございます。まさに、その業が適正に行われるということが大前提であるということを申し上げたいと思います。

 さらに、あんまマッサージ指圧師等の医療をやられている方々、この方々とも連携、これによってヘルスケア産業全体を盛り上げていくという視点は、非常に大切な視点であるというふうに思っております。

 今後とも、こういった関連の事業者の皆様方と連携しながら、ヘルスケアサービスの一層の振興ということに取り組んでまいりたいというふうに思っております。

 

○伊佐分科員

 しっかり指導していただきたいと思います。
 このあはきの世界というのは、御案内のとおり視覚障害者の方もたくさんいらっしゃって、生計にとって本当に大事な部分を占めておりますので、ぜひ、守るべきものはしっかり守らせるという指導をよろしくお願いしたいと思います。

 

藤木政府参考人の答弁の中にあった、一般社団法人 日本リラクゼーション業協会に加入している、ある業者のホームページのスクリーンショット(加工済み)

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2018/03/19現在でも訂正されていない模様。

2018/04/16 表現の削除を確認。但し、役務の質について誤認を招く表示を行った旨はお知らせのページでは告知していない。

 

*1:不正競争防止法第1条 この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

タトゥー判決文を読んで。後編

 前編はこちら

binbocchama.hatenablog.com

憲法21条(表現の自由)に関して

判決文より。

 弁護人は、入れ墨を他人の体に彫ることも表現の自由として保障される旨主張するが、前記のとおりの入れ墨の危険性に鑑みれば、これが当然に憲法21条1項で保障された権利であるとは認められない。

  もっとも、被施術者の側からみれば、入れ墨の中には、被施術者が自己の身体に入れ墨を施すことを通じて、その思想・感情等を表現していると評価できるものもあり、その範囲では表現の自由として保障され得る。その場合、医師法17条は、憲法21条1項で保障される被施術者の表現の自由を制約することになるので、念のため検討する。

  表現の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく、公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして、国民の保健衛生上の危害を防止するという目的は重要であり、その目的を達成するために、医行為である入れ墨の施術をしようとする者に対し医師免許を求めることが、必要かつ合理的な規制であることは前記のとおりである。

被施術者から見れば、外見を変えることも表現の自由と主張できるだろう。

表現の自由医師法違反を免責するなら、美容整形手術も無免許で可能になってしまう。

当業界に関しても、美容鍼灸というのがあり、無資格者の世界まで広げれば小顔矯正や美容整体というのもある状況である。

 

 小顔矯正に関しては優良誤認表示で行政処分が為されてる。

【PDF】消費者庁:小顔になる効果を標ぼうする役務の提供事業者9名に対する景品表示法に基づく措置命令について

また事故情報データバンクで「小顔矯正」、「美容整体」、「エステ」といった単語で検索すれば事故情報も出てくる。

 

このような無免許施術は取締の怠慢により放置されていると解釈すべきであり、本来であれば事故情報を受け付けた消費生活センター等が刑事訴訟法第239条第2項*1に基づいて告発し、刑事処分を行わなければなるまい。

健康被害が生じている時点で「人の健康に害を及ぼすおそれ」は証明済みである。

このような無免許施術を肯定しかねない論理は容認しかねる。 

著作物としての入れ墨 

ただ判決では入れ墨に関し、「その思想・感情等を表現していると評価できるものもあり」としている。この表現は著作権法での著作物の定義、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」を意識したものかと思われる。判決文からは弁護団が入れ墨は著作物である旨、主張したようには思われないが、どうなんだろう?

 

もっともヘアスタイルについては著作物に該当する可能性があるようである。

w-tokyosaito.jp

ただ、著作物と言えるのは独創性が認められるものであり、ヘアスタイルならクライアントから独創性も求められようが、美容施術の場合、クライアントが求める外見は類型化できるものであり、独創性がないので著作物とは言えないとして、入れ墨との違いを明確化できるかもしれない。

 

しかし著作物として表現する場合に、医師法を免責できるなら、独創的なヘアスタイルにカットするためには理容師・美容師免許だって不要じゃないか、という問題が出てくるが。 

罪刑法定主義に関して

判決文より

  弁護人は、医師法17条が「医師でなければ、医業をなしてはならない。」としか規定していないのに、医療関連性を有しないあらゆる保健衛生上の危険性がある行為を規制しようとすることは、一般人の理解を超えた範囲を禁止の対象とするものであり、刑罰法規として曖昧不明確であるとともに、他の法令との体系的解釈を前提とすると、成人に対する入れ墨の施術は犯罪を構成しないにもかかわらず、これを処罰することは「法律なければ刑罰なし」の原則に反するから、同条は憲法31条に違反する旨主張する。

  医師法17条の規制の対象となる医行為とは、前記のとおり、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為に限られる。このような解釈は、同条の趣旨から合理的に導かれ、通常の判断能力を有する一般人にとっても判断可能であると考えられるから、同条による処罰の範囲が曖昧不明確であるとはいえない。また、医師法17条をこのように解釈して、成人に対する入れ墨の施術を処罰することは、体系的にみて他の法令と矛盾しない。

「他の法令との体系的解釈を前提」とあるので、他の法令で医行為の参考になりそうな条文を示してみる。

保助看法37条

保健師助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。(但し書き省略)

 

目的論を言えば薬機法に於いて医療機器の定義は

この法律で「医療機器」とは、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であつて、政令で定めるものをいう。

とあり、タトゥー施術が「身体の構造に影響を及ぼすこと」は間違いないだろう。

よって目的を限定する考えを採用したとしても、罪刑法定主義に反しているとは思われない。

 

長々とタトゥー施術の医師法違反を肯定する考えを述べてきたが、彫師自体に恨みは無いので、無罪を目指すなら彫師以外の無資格者の医行為までは許されないような論理で裁判を闘っていただきたいと思う。

*1:官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。

タトゥー裁判の判決文を読んで。

タトゥーアーティスト(彫師)が医師法違反に問われた裁判の判決文が公開されている。

camp-fire.jp

一審判決時にも記事は書いたが、判決文の公開によりいろいろな意見が述べられている。

改めて記事を書いてみる。

一般人による医行為の理解 - びんぼっちゃまのブログ

私のことをすでに理解されている方は「「治療ではない」と言う無免許業者」 あたりから読んでいただければ良いと思う。

 

筆者やタトゥー裁判への関心の理由

初めてこのブログを読まれる方もおられると思うので筆者について説明する。

現役の鍼灸マッサージ師(どういう職種かは後述)である。

大学は法学部ではなく、理工系。ロースクールには行ってないし、旧司法試験や予備試験の受験の経験も無し。

日弁連などが主催する法学検定のスタンダードぐらいが私の法的知識の証明である。

法学検定2016、ベーシックとスタンダード - びんぼっちゃまのブログ

裁判所のサイトに無い裁判例は図書館で利用できるD1-Law.comで調べてたりする。

鍼灸マッサージ師という職業

あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下、あはき法と略す)に定められたあん摩マッサージ指圧師(あん摩師、マッサージ師、指圧師、あマ指師と略すこともある。)、はり師、きゅう師の免許を持つ者である。あはき師と略すこともある。

またあはき法第1条には

医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。 

 とあり、医師法と無関係ではいられない職種である。

なお、はり師、きゅう師のみの免許を持つ者も多く、その場合は鍼灸師と呼ぶ。

整体などの無資格施術者の横行

無免許施術に対する法規制

さて、あはき法第12条には法律に定められた免許を有しない者(整体師やカイロプラクターなど。名乗ろうと思えば誰でも名乗れる。)が治療などの目的で施術を行うこと(医業類似行為)を禁じる条文がある。

何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。 

医業類似行為に関しては法律に定義は書いてないのだが裁判例*1では以下のように定義されている。

疾病の治療又は保健の目的を以て光熱器械、器具その他の物を使用し若しくは応用し又は四肢若しくは精神作用を利用して施術する行為であって他の法令において認められた資格を有する者が、その範囲内でなす診療又は施術でないもの、」

換言すれば

疾病の治療又は保健の目的でする行為であって医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師等他の法令で正式にその資格を認められた者が、その業務としてする行為でないもの」 

無免許鍼灸マッサージ等や無免許医業も含め、無資格者は業として治療や保険の目的での施術を禁止されている、と理解していただければ良いと思う。

医業類似行為に関する昭和35年判決

この記事を読んで初めて整体やカイロプラクティックなどが無免許施術であることを知った人もいると思う。法律で禁止されているのに営業できているのはなぜか?

それは医業類似行為の禁止処罰を「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為」のみに限定した最高裁判決(以下、昭和35年判決という。)が出たからである。

ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。

それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではい。 

医師法第17条違反(無免許医業)は処罰に際し、「保健衛生上危害の生じるおそれ」を証明する必要があるのに対し、あはき法第12条違反は施術を無免許で行っただけで処罰できる規定であり、罰則の違いもある。

しかしこの判例医師法第17条とあはき法第12条に差異が無くなってしまった。

このため「おそれ」が立証されない限りは処罰対象にならなくなってしまい、整体師やカイロプラクターといった無資格者が堂々と営業するようになってしまったのである。

 無資格施術による健康被害や死亡事故

その結果、無資格施術による健康被害が発生していることが国民生活センター消費者庁から発表されている。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

【PDF】消費者庁:法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に

 

そして無資格施術による死亡事故も起きている。

全文表示 | 男児死亡の新潟「ズンズン運動」初公判!「極めて軽率」と禁固1年求刑 : J-CASTテレビウォッチ

ズンズン運動事件は

  • 2013年2月、無免許施術により新潟で赤ん坊が亡くなり、業者を書類送検
  • 同年11月、新潟地検は嫌疑不十分で不起訴処分とする。
  • 2014年6月、新潟の事件を知らない、神戸の親が子供にズンズン運動の施術を受けさせたところ、死亡
  • 2015年3月、大阪府警が業務上過失致死傷罪で逮捕
  • 同、大阪地検が起訴
  • 6月頃、新潟検察審査会は起訴相当と議決
  • 8月4日、大阪地裁で大阪事件に関して有罪判決
  • 同日、新潟地検が新潟の事件で逮捕
  • 9月、大阪事件の遺族が損害賠償を求めて神戸地裁へ提訴
  • 11月19日、新潟地裁で新潟事件の有罪判決
  • 2016年12月14日、神戸地裁で賠償請求を認める判決

といった時系列であり、新潟事件の際、因果関係を立証できなくても罪に問うこと(あはき法第12条の無条件適用)ができれば、大阪の事件は防げたと思われる。

binbocchama.hatenablog.com

「治療ではない」と言う無免許業者

以下の画像は保健所に届け出を行っていない整体院(無免許施術所)のチラシの表現である。

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この下に「整体院○○○○○にご相談ください。」と書いてある。

 

で、カイロプラクティック・整体の説明など

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自然治癒力の向上って、保険目的ではなかろうか?

以下はチラシに乗っていたお客様の声である。

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「腰痛からの解放」、「肩の痛みの改善」、「片頭痛、不眠の苦しみからの解放」、「肘の痛みと手の痺れから解放」といった主旨が書いてある。

で、こんなことも書いてある。

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※当店はリラクゼーション店です。

医療行為、治療行為は行っておりません。

ご了承の上サービスをお受けください。

 「医療行為」はともかく「治療行為」ではない、という主張である。

 

こんな輩が「医行為は治療行為のみに限定される。」という判決がでたらどんなことをするやら。

 

故にタトゥー裁判の弁護団

弁護人は、医師法17条及び1条の趣旨や法体系からすれば、医行為とは、

〈1〉医療及び保健指導に属する行為の中で(以下、〈1〉の要件を「医療関連性」ということがある。)、〈2〉医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきであると主張する。  

 

また、弁護人は、最高裁判所判例最高裁昭和30年5月24日第3小法廷判決・刑集9巻7号1093頁、最高裁昭和48年9月27日第1小法廷決定・刑集27巻8号1403頁、最高裁平成9年9月30日第1小法廷決定・刑集51巻8号671頁)によれば、医行為の要件として「疾病の治療、予防を目的」とすることが求められているとも主張する。 

 といった主張は是認することはできない。

もちろん、広告表示や実際の施術様態から治療目的であると推認できる施術行為と、タトゥーのように、治療目的ではないと断定できる施術を一緒にするな、という反論はあると思う。

 

憲法22条や薬局距離制限違憲事件など

判決文より。強調は筆者による。

ア 憲法22条1項適合性について

 医師法は、2条において、医師になろうとする者は医師国家試験に合格して厚生労働大臣の免許を受けなければならないと定め、17条において、医師の医業独占を認めていることから、医業を営もうとする者は医師免許を取得しなければならない。そのため、医師法17条は、憲法22条1項で保障される入れ墨の施術業を営もうとする者の職業選択の自由を制約するものである。

 もっとも、職業選択の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく、公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして、一般に職業の免許制は、職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから、その合憲性を肯定するためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。また、それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的・警察的措置である場合には、職業の自由に対するより緩やかな制限によってはその目的を十分に達成することができないと認められることを要する最高裁昭和50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。

 

 これを本件についてみると、前記のとおり、医師法17条は国民の保健衛生上の危害を防止するという重要な公共の利益の保護を目的とする規定である。そして、入れ墨の施術は、医師の有する医学的知識及び技能をもって行わなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為なのであるから、これを医師免許を得た者にのみ行わせることは、上記の重要な公共の利益を保護するために必要かつ合理的な措置というべきである。また、このような消極的・警察的目的を達成するためには、営業の内容及び態様に関する規制では十分でなく、医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては、上記目的を十分に達成できないと認められる。

 以上から、本件行為に医師法17条を適用することは憲法22条1項に違反しない。 

いまどき規制目的二分論?というのが最初に読んだ感想である。

私は大島弁護士の「憲法の地図」を読んで、三段階理論を知ってからはそっちの方で考えるようになっている。 

憲法の地図: 条文と判例から学ぶ

憲法の地図: 条文と判例から学ぶ

 

 上書105ページより(丸数字は機種依存文字なので普通の数字に変更し、適時改行した。)

薬事法違憲判決に大きな影響を与えたドイツ薬局判決は、

1職業遂行の自由の規制、

2当該職業を希望する者の意思・努力・能力次第で充足しうる許可の主観的要件(資格等)による職業選択それ自体に対する制限、

3個人的性質・能力では如何ともし難い許可の客観的要件による職業選択それ自体に対する制限

を分け、1→3の順番で合憲性審査基準が厳格化していく立場をとった(三段階理論)。

1は営業上の規制であり、開業や就業した後の規制である。当業界で言えば広告規制(これはこれで表現の自由との問題があるが*2)、消毒義務、守秘義務などといったものが挙げられよう。

また今回の判決では「営業の内容及び態様に関する規制では十分でなく、」と書いてたりする。

 

2は書いてあるように資格・免許など、本人の能力と努力で超えられる規制である。

今回の判決では「医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては、上記目的を十分に達成できないと認められる。」と判示されている。

 

弁護団もこのように医学的知識の必要性を認めている以上、タトゥー施術に免許を必要とする規定を違憲とすることは無理であろう。

どのような免許を必要とするかはまさに立法裁量権に属する問題だと考える。

はり師免許の制度がない場合に、鍼治療を行うのに医師免許を要求することは違憲であろうか?

歯科技工士が義歯制作に際し、印象採得などをしたことが歯科技工士法第20条*3歯科医師法第17条に違反するとされた裁判(札幌高裁昭和55(う)195)では

歯科技工士は、歯科医師でないとしても、歯科衛生に関するある程度の教育と試験を受けてその免許を受ける者であるから、もちろん現行法令及びこれに基づく現在の歯科技工士養成制度のままでは許されないけれども、これらの法令及び制度の改正を通じて、印象採得等の一定範囲の歯科医行為につき、その全部とまではいかないとしても、その一部を、相当な条件の下に、歯科技工士に単独で行わせることとすることも立法論としては可能であると考えられる

しかし、そのことは、いずれにしても、国民の保健衛生の保持、向上を目的とする立法裁量に委ねられた事項と解すべきであり、かかる解釈に立ちつつ、ひるがえって現行法を検討しても、現在の法17条、29条一項一号及び技工法20条の定立にあらわれている立法裁量の内容が憲法のいずれかの条項に違反していると疑うべき事由は見当たらないのである。

 と判示し、被告人を有罪としている。上告棄却

 

3は本人ではどうしようもない規制条件であり、既存薬局の一定距離以内に開業できない規制はまさにこれであり、他に例を上げれば性別や出身地などである。

 

 規制目的二分論も、積極目的はともかく*4、消極目的に対する規制に関しては目的二分論を採用してないようである。

 

憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)

憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)

 

 上書207頁(薬事法違憲事件の解説)より

 そこで、本判決は、「社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のため」の許認可制度は別論であることを、急いで付け加えた。今日の時点で省みれば、判例において規制目的二分論が持ち出されるのは、この局面に限られる。 

 とあり、他の判例の解説でも消極目的規制に関しての厳格な合憲性審査基準が適用されていない感じである。

司法書士法違反事件に関しては「あまりに簡略な説示」*5であるが、大島氏の前掲著作(106頁)では

しかし、司法書士の資格制は、ドイツの三段階理論でいえば2の主観的要件に基づく規制であって、日本の薬事法違憲判決がドイツの三段階理論の影響を受けているとすれば、やや緩やかな審査基準が暗黙の前提とされた可能性がある。司法書士法事件の調査官解説も、消極目的規制ではあるが、資格制度による規制であることから、合憲性審査基準を緩和している。

とあり、免許制度に関しては合憲性審査基準が緩やかになっていると思われる。そういうことを述べずに簡略な説示にとどまるのは不親切な気もするが、薬事法違憲事件で三段階理論を採用してる(人に関する規制は合憲である旨、判示している。)なら簡略な説示も理解できる。

 

なお、薬事法違憲事件では

  (イ) まず、現行法上国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するために、薬事法は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設けているし、薬剤師法もまた、調剤について厳しい遵守規定を定めている。そしてこれらの規制違反に対しては、罰則及び許可又は免許の取消等の制裁が設けられているほか、不良医薬品の廃棄命令、施設の構造設備の改繕命令、薬剤師の増員命令、管理者変更命令等の行政上の是正措置が定められ、更に行政機関の立入検査権による強制調査も認められ、このような行政上の検査機構と
して薬事監視員が設けられている。これらはいずれも、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制として定められているものであり、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである。

と、薬局の距離制限以外にも不良医薬品の流通などを防ぐための法規制があることを指摘している。

消極目的規制を緩やかな規制で対応可能だからといって、緩やかな規制をする法令が存在しない時点で厳しい規制条文を違憲と判断して無効化したらどうなるか?

それをやったのがあはき法の昭和35年判決であり、結果として健康被害や死亡事故が起きているのである。

大島氏に、不良医薬品の流通などを防ぐ法規制が他にもあったこと、タトゥーを規制する法律が医師放題17条以外に無い旨、聞いてみたところ、

 

というわけで、法律の素人である私の独自の見解、というわけでも無いと思う。

 

長くなったので憲法21条とか31条に関連することは続編で書こう。

binbocchama.hatenablog.com

 

*1:仙台高裁昭和28年(う)375

*2:

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51353

*3:歯科技工士は、その業務を行うに当つては、印象採得、咬合採得、試適、装着その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。

*4:あはき法第19条に関する裁判でも国は積極目的であるとして薬事法違憲事件を引用している。

*5:憲法判例百選1第6版202頁

無免許医療(医業類似行為)と準強制わいせつ罪(性的自由の侵害)

最近、業界関係者から、無免許施術に伴うわいせつ行為の相談を警察からされたという話を聞く。

 

警察も摘発したいようだが、治療や正当な施術と主張されることをおそれ、なかなか摘発できないようだ。

 

さて、去年、強制わいせつ罪の成立に性的意図を必要としていた最高裁判例が変更され、強制わいせつ罪の成立には必ずしも性的意図が必要とは限らない、とされた。*1

ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。

 

www.bengo4.com

一律に性的意図を不要とした場合、医療行為が(準)強制わいせつ罪になりかねない、ということもあり、場合によっては性的意図の認定が必要となる。

 

さて、医師や鍼灸マッサージ師が正当な施術行為を行う際に身体、特に胸部や臀部などに接触するのに(準)強制わいせつ罪が成立しないことには異論は無いと思う。

 

これが整体師やカイロプラクター、なんちゃらセラピストなどの無資格業者の場合はどうか?

刑法35条は

法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

と規定する。無免許施術が法令業務でないことには異論はないだろう。

では正当な業務か?

形式上はあはき法第12条に反する行為であり、正当な行為とは言えない。よって、無免許施術者が被施術者(お客さん)の性的自由を侵害することを認識していれば準強制わいせつ罪が成立するのではないか?

という考えを某所で述べたところ、「正当行為ってそんな簡単な話じゃないのよ」と言われてしまう。

 

無免許医行為の判例に関しては詳しい自負もあるが、やっぱり法律の素人である。

 

というわけで図書館でこんな本を借りてきた。

 

たのしい刑法I 総論

たのしい刑法I 総論

 

 142頁から違法性阻却事由としての治療行為が記述してある。

ここで書かれていることは傷害罪の違法性阻却であるが、治療行為が傷害罪にならない要件として

  1. 治療目的
  2. 医学的適応性*2
  3. 医学的正当性*3
  4. 患者の同意

というのが書かれており、これらの要件が満たされていれば医師免許を有しない者が行った治療行為でも傷害罪については違法性阻却が考えられる旨、書いてある。*4

 

逆にこれらの要件が満たされない無免許医行為に関しては傷害(致死)罪が肯定された裁判例もある。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

 

 <要旨>そこで、原審記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討するに、被害者が身体侵害を承諾した場合に、傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段・方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を総合して判断すべきところ(最決昭五五年一一月一三日刑集三四巻六号三九六頁参照)、関係証拠によれば、


(1)Dは、本件豊胸手術を受けるに当たり、被告人がO共和国における医師免許を有していないのに、これを有しているものと受取って承諾したものであること


(2)一般的に、豊胸手術を行うに当たっては、

「1」麻酔前に、血液・尿検査、生化学的検査、胸部レントゲン撮影、心電図等の全身的検査をし、問診によって、既往疾患・特異体質の有無の確認をすること、

「2」手術中の循環動態や呼吸状態の変化に対応するために、予め、静脈ラインを確保し、人工呼吸器等を備えること、
「3」手術は減菌管理下の医療設備のある場所で行うこと、
「4」手術は、医師または看護婦の監視下で循環動態、呼吸状態をモニターでチェックしながら行うこと、
「5」手術後は、鎮痛剤と雑菌による感染防止のための抗生物質を投与すること、

などの措置をとることが必要とされているところ、被告人は、右「1」、「2」、「4」及び「5」の各措置を全くとっておらず、また、「3」の措置についても、減菌管理の全くないアパートの一室で手術等を行ったものであること、


(3)被告人は、Dの鼻部と左右乳房周囲に麻酔薬を注射し、メス等で鼻部及び右乳房下部を皮切し、右各部位にシリコンを注入するという医行為を行ったものであること、

などの事実が認められ、右各事実に徴すると、被告人がDに対して行った医行為は、身体に対する重大な損傷、さらには生命に対する危難を招来しかねない極めて無謀かつ危険な行為であって、社会通念上許容される範囲・程度を超えて、社会的相当性を欠くものであり、たとえDの承諾があるとしても、もとより違法性を阻却しないことは明らかであるといわなければならないから、論旨は採用することができない。

 

免許が無いこと以外、正当な施術であれば準強制わいせつ罪は成立しないのか、それとも性的自由の侵害があり、無免許施術者がそのことを認識していれば準強制わいせつ罪が成立するのか。

 

しかし医業類似行為の禁止処罰を「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為」のみに限定した最高裁の昭和35年判決のときには、無免許施術が被施術者の性的自由を侵害することに関して何も考えられていなかったのだろう。

 

それまでは医業類似行為を行っただけでも禁止処罰できたのだから、施術を装ったわいせつ犯もあまりいなかったと思われる。

 

そして昭和45年でも強制わいせつ罪の成立に性的意図を必要とした最高裁判決が出ているわけで、昭和35年当時に、性的自由の侵害まで考慮するのは難しかったと思われる。

 

患者が性的自由の侵害を受け入れるのは治療効果を期待してのことではないのか?

それならその侵害に見合う効果を出せる者だけが施術を行うべきであり、その能力の証明として免許がある。

 

そのような能力の無い者の施術(無免許施術)を放置した場合、いたずらに患者の性的自由の侵害を招くと言える。

 

それは十分に公共の福祉に反する状況と言えないだろうか?

*1:

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

*2:患者の生命・健康の維持・増進のために必要であること

*3:医学上一般に承認された方法によって行われること

*4:医師法第17条違反は肯定している。