タトゥー裁判の判決文を読んで。

タトゥーアーティスト(彫師)が医師法違反に問われた裁判の判決文が公開されている。

camp-fire.jp

一審判決時にも記事は書いたが、判決文の公開によりいろいろな意見が述べられている。

改めて記事を書いてみる。

一般人による医行為の理解 - びんぼっちゃまのブログ

私のことをすでに理解されている方は「「治療ではない」と言う無免許業者」 あたりから読んでいただければ良いと思う。

 

筆者やタトゥー裁判への関心の理由

初めてこのブログを読まれる方もおられると思うので筆者について説明する。

現役の鍼灸マッサージ師(どういう職種かは後述)である。

大学は法学部ではなく、理工系。ロースクールには行ってないし、旧司法試験や予備試験の受験の経験も無し。

日弁連などが主催する法学検定のスタンダードぐらいが私の法的知識の証明である。

法学検定2016、ベーシックとスタンダード - びんぼっちゃまのブログ

裁判所のサイトに無い裁判例は図書館で利用できるD1-Law.comで調べてたりする。

鍼灸マッサージ師という職業

あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下、あはき法と略す)に定められたあん摩マッサージ指圧師(あん摩師、マッサージ師、指圧師、あマ指師と略すこともある。)、はり師、きゅう師の免許を持つ者である。あはき師と略すこともある。

またあはき法第1条には

医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。 

 とあり、医師法と無関係ではいられない職種である。

なお、はり師、きゅう師のみの免許を持つ者も多く、その場合は鍼灸師と呼ぶ。

整体などの無資格施術者の横行

無免許施術に対する法規制

さて、あはき法第12条には法律に定められた免許を有しない者(整体師やカイロプラクターなど。名乗ろうと思えば誰でも名乗れる。)が治療などの目的で施術を行うこと(医業類似行為)を禁じる条文がある。

何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。 

医業類似行為に関しては法律に定義は書いてないのだが裁判例*1では以下のように定義されている。

疾病の治療又は保健の目的を以て光熱器械、器具その他の物を使用し若しくは応用し又は四肢若しくは精神作用を利用して施術する行為であって他の法令において認められた資格を有する者が、その範囲内でなす診療又は施術でないもの、」

換言すれば

疾病の治療又は保健の目的でする行為であって医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師等他の法令で正式にその資格を認められた者が、その業務としてする行為でないもの」 

無免許鍼灸マッサージ等や無免許医業も含め、無資格者は業として治療や保険の目的での施術を禁止されている、と理解していただければ良いと思う。

医業類似行為に関する昭和35年判決

この記事を読んで初めて整体やカイロプラクティックなどが無免許施術であることを知った人もいると思う。法律で禁止されているのに営業できているのはなぜか?

それは医業類似行為の禁止処罰を「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為」のみに限定した最高裁判決(以下、昭和35年判決という。)が出たからである。

ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。

それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではい。 

医師法第17条違反(無免許医業)は処罰に際し、「保健衛生上危害の生じるおそれ」を証明する必要があるのに対し、あはき法第12条違反は施術を無免許で行っただけで処罰できる規定であり、罰則の違いもある。

しかしこの判例医師法第17条とあはき法第12条に差異が無くなってしまった。

このため「おそれ」が立証されない限りは処罰対象にならなくなってしまい、整体師やカイロプラクターといった無資格者が堂々と営業するようになってしまったのである。

 無資格施術による健康被害や死亡事故

その結果、無資格施術による健康被害が発生していることが国民生活センター消費者庁から発表されている。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

【PDF】消費者庁:法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に

 

そして無資格施術による死亡事故も起きている。

全文表示 | 男児死亡の新潟「ズンズン運動」初公判!「極めて軽率」と禁固1年求刑 : J-CASTテレビウォッチ

ズンズン運動事件は

  • 2013年2月、無免許施術により新潟で赤ん坊が亡くなり、業者を書類送検
  • 同年11月、新潟地検は嫌疑不十分で不起訴処分とする。
  • 2014年6月、新潟の事件を知らない、神戸の親が子供にズンズン運動の施術を受けさせたところ、死亡
  • 2015年3月、大阪府警が業務上過失致死傷罪で逮捕
  • 同、大阪地検が起訴
  • 6月頃、新潟検察審査会は起訴相当と議決
  • 8月4日、大阪地裁で大阪事件に関して有罪判決
  • 同日、新潟地検が新潟の事件で逮捕
  • 9月、大阪事件の遺族が損害賠償を求めて神戸地裁へ提訴
  • 11月19日、新潟地裁で新潟事件の有罪判決
  • 2016年12月14日、神戸地裁で賠償請求を認める判決

といった時系列であり、新潟事件の際、因果関係を立証できなくても罪に問うこと(あはき法第12条の無条件適用)ができれば、大阪の事件は防げたと思われる。

binbocchama.hatenablog.com

「治療ではない」と言う無免許業者

以下の画像は保健所に届け出を行っていない整体院(無免許施術所)のチラシの表現である。

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この下に「整体院○○○○○にご相談ください。」と書いてある。

 

で、カイロプラクティック・整体の説明など

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自然治癒力の向上って、保険目的ではなかろうか?

以下はチラシに乗っていたお客様の声である。

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「腰痛からの解放」、「肩の痛みの改善」、「片頭痛、不眠の苦しみからの解放」、「肘の痛みと手の痺れから解放」といった主旨が書いてある。

で、こんなことも書いてある。

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※当店はリラクゼーション店です。

医療行為、治療行為は行っておりません。

ご了承の上サービスをお受けください。

 「医療行為」はともかく「治療行為」ではない、という主張である。

 

こんな輩が「医行為は治療行為のみに限定される。」という判決がでたらどんなことをするやら。

 

故にタトゥー裁判の弁護団

弁護人は、医師法17条及び1条の趣旨や法体系からすれば、医行為とは、

〈1〉医療及び保健指導に属する行為の中で(以下、〈1〉の要件を「医療関連性」ということがある。)、〈2〉医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきであると主張する。  

 

また、弁護人は、最高裁判所判例最高裁昭和30年5月24日第3小法廷判決・刑集9巻7号1093頁、最高裁昭和48年9月27日第1小法廷決定・刑集27巻8号1403頁、最高裁平成9年9月30日第1小法廷決定・刑集51巻8号671頁)によれば、医行為の要件として「疾病の治療、予防を目的」とすることが求められているとも主張する。 

 といった主張は是認することはできない。

もちろん、広告表示や実際の施術様態から治療目的であると推認できる施術行為と、タトゥーのように、治療目的ではないと断定できる施術を一緒にするな、という反論はあると思う。

 

憲法22条や薬局距離制限違憲事件など

判決文より。強調は筆者による。

ア 憲法22条1項適合性について

 医師法は、2条において、医師になろうとする者は医師国家試験に合格して厚生労働大臣の免許を受けなければならないと定め、17条において、医師の医業独占を認めていることから、医業を営もうとする者は医師免許を取得しなければならない。そのため、医師法17条は、憲法22条1項で保障される入れ墨の施術業を営もうとする者の職業選択の自由を制約するものである。

 もっとも、職業選択の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく、公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして、一般に職業の免許制は、職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから、その合憲性を肯定するためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。また、それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的・警察的措置である場合には、職業の自由に対するより緩やかな制限によってはその目的を十分に達成することができないと認められることを要する最高裁昭和50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。

 

 これを本件についてみると、前記のとおり、医師法17条は国民の保健衛生上の危害を防止するという重要な公共の利益の保護を目的とする規定である。そして、入れ墨の施術は、医師の有する医学的知識及び技能をもって行わなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為なのであるから、これを医師免許を得た者にのみ行わせることは、上記の重要な公共の利益を保護するために必要かつ合理的な措置というべきである。また、このような消極的・警察的目的を達成するためには、営業の内容及び態様に関する規制では十分でなく、医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては、上記目的を十分に達成できないと認められる。

 以上から、本件行為に医師法17条を適用することは憲法22条1項に違反しない。 

いまどき規制目的二分論?というのが最初に読んだ感想である。

私は大島弁護士の「憲法の地図」を読んで、三段階理論を知ってからはそっちの方で考えるようになっている。 

憲法の地図: 条文と判例から学ぶ

憲法の地図: 条文と判例から学ぶ

 

 上書105ページより(丸数字は機種依存文字なので普通の数字に変更し、適時改行した。)

薬事法違憲判決に大きな影響を与えたドイツ薬局判決は、

1職業遂行の自由の規制、

2当該職業を希望する者の意思・努力・能力次第で充足しうる許可の主観的要件(資格等)による職業選択それ自体に対する制限、

3個人的性質・能力では如何ともし難い許可の客観的要件による職業選択それ自体に対する制限

を分け、1→3の順番で合憲性審査基準が厳格化していく立場をとった(三段階理論)。

1は営業上の規制であり、開業や就業した後の規制である。当業界で言えば広告規制(これはこれで表現の自由との問題があるが*2)、消毒義務、守秘義務などといったものが挙げられよう。

また今回の判決では「営業の内容及び態様に関する規制では十分でなく、」と書いてたりする。

 

2は書いてあるように資格・免許など、本人の能力と努力で超えられる規制である。

今回の判決では「医師免許の取得を求めること以外のより緩やかな手段によっては、上記目的を十分に達成できないと認められる。」と判示されている。

 

弁護団もこのように医学的知識の必要性を認めている以上、タトゥー施術に免許を必要とする規定を違憲とすることは無理であろう。

どのような免許を必要とするかはまさに立法裁量権に属する問題だと考える。

はり師免許の制度がない場合に、鍼治療を行うのに医師免許を要求することは違憲であろうか?

歯科技工士が義歯制作に際し、印象採得などをしたことが歯科技工士法第20条*3歯科医師法第17条に違反するとされた裁判(札幌高裁昭和55(う)195)では

歯科技工士は、歯科医師でないとしても、歯科衛生に関するある程度の教育と試験を受けてその免許を受ける者であるから、もちろん現行法令及びこれに基づく現在の歯科技工士養成制度のままでは許されないけれども、これらの法令及び制度の改正を通じて、印象採得等の一定範囲の歯科医行為につき、その全部とまではいかないとしても、その一部を、相当な条件の下に、歯科技工士に単独で行わせることとすることも立法論としては可能であると考えられる

しかし、そのことは、いずれにしても、国民の保健衛生の保持、向上を目的とする立法裁量に委ねられた事項と解すべきであり、かかる解釈に立ちつつ、ひるがえって現行法を検討しても、現在の法17条、29条一項一号及び技工法20条の定立にあらわれている立法裁量の内容が憲法のいずれかの条項に違反していると疑うべき事由は見当たらないのである。

 と判示し、被告人を有罪としている。上告棄却

 

3は本人ではどうしようもない規制条件であり、既存薬局の一定距離以内に開業できない規制はまさにこれであり、他に例を上げれば性別や出身地などである。

 

 規制目的二分論も、積極目的はともかく*4、消極目的に対する規制に関しては目的二分論を採用してないようである。

 

憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)

憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)

 

 上書207頁(薬事法違憲事件の解説)より

 そこで、本判決は、「社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のため」の許認可制度は別論であることを、急いで付け加えた。今日の時点で省みれば、判例において規制目的二分論が持ち出されるのは、この局面に限られる。 

 とあり、他の判例の解説でも消極目的規制に関しての厳格な合憲性審査基準が適用されていない感じである。

司法書士法違反事件に関しては「あまりに簡略な説示」*5であるが、大島氏の前掲著作(106頁)では

しかし、司法書士の資格制は、ドイツの三段階理論でいえば2の主観的要件に基づく規制であって、日本の薬事法違憲判決がドイツの三段階理論の影響を受けているとすれば、やや緩やかな審査基準が暗黙の前提とされた可能性がある。司法書士法事件の調査官解説も、消極目的規制ではあるが、資格制度による規制であることから、合憲性審査基準を緩和している。

とあり、免許制度に関しては合憲性審査基準が緩やかになっていると思われる。そういうことを述べずに簡略な説示にとどまるのは不親切な気もするが、薬事法違憲事件で三段階理論を採用してる(人に関する規制は合憲である旨、判示している。)なら簡略な説示も理解できる。

 

なお、薬事法違憲事件では

  (イ) まず、現行法上国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するために、薬事法は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設けているし、薬剤師法もまた、調剤について厳しい遵守規定を定めている。そしてこれらの規制違反に対しては、罰則及び許可又は免許の取消等の制裁が設けられているほか、不良医薬品の廃棄命令、施設の構造設備の改繕命令、薬剤師の増員命令、管理者変更命令等の行政上の是正措置が定められ、更に行政機関の立入検査権による強制調査も認められ、このような行政上の検査機構と
して薬事監視員が設けられている。これらはいずれも、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制として定められているものであり、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである。

と、薬局の距離制限以外にも不良医薬品の流通などを防ぐための法規制があることを指摘している。

消極目的規制を緩やかな規制で対応可能だからといって、緩やかな規制をする法令が存在しない時点で厳しい規制条文を違憲と判断して無効化したらどうなるか?

それをやったのがあはき法の昭和35年判決であり、結果として健康被害や死亡事故が起きているのである。

大島氏に、不良医薬品の流通などを防ぐ法規制が他にもあったこと、タトゥーを規制する法律が医師放題17条以外に無い旨、聞いてみたところ、

 

というわけで、法律の素人である私の独自の見解、というわけでも無いと思う。

 

長くなったので憲法21条とか31条に関連することは続編で書こう。

binbocchama.hatenablog.com

 

*1:仙台高裁昭和28年(う)375

*2:

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51353

*3:歯科技工士は、その業務を行うに当つては、印象採得、咬合採得、試適、装着その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。

*4:あはき法第19条に関する裁判でも国は積極目的であるとして薬事法違憲事件を引用している。

*5:憲法判例百選1第6版202頁