昭和35年判決が無ければシャクティパット事件は防げたはず。

前回はあはき法制定時の国会議事録から、医業類似行為の禁止(第12条)の目的として、適切な医療受診の機会の逸失(消極的弊害)の防止が有ることを書いた。

 

今回は消極的弊害を防げなかった事例として、いわゆるシャクティパット事件(成田ミイラ化遺体事件)を取り上げる。

成田ミイラ化遺体事件 - Wikipedia

 

最高裁決定より

 (1) 被告人は,手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療(以下「シャクティ治療」という。)を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた。

被告人は税理士資格は持っていたようだが、医療系国家資格を有していた、という情報はない。

というわけで無資格治療であり、医業類似行為である。

よって、昭和35年判決で医業類似行為の取締が困難にならなければこのような治療法を表立ってできなかったと思われる。

 (2) Aは,被告人の信奉者であったが,脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し,意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり,生命に危険はないものの,数週間の治療を要し,回復後も後遺症が見込まれた。Aの息子Bは,やはり被告人の信奉者であったが,後遺症を残さずに回復できることを期待して,Aに対するシャクティ治療を被告人に依頼した。

 (3) 被告人は,脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが,Bの依頼を受け,滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして,Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や,その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら,「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して,なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ,その生命に具体的な危険を生じさせた


 (4) 被告人は,前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ,Aの容態を見て,そのままでは死亡する危険があることを認識したが,上記(3)の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから,シャクティ治療をAに施すにとどまり,未必的な殺意をもって,痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し,痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた

 

無資格治療者の見栄ってありますよね。

栃木で自称祈祷師が、1型糖尿病の子供に対する医療ネグレクトを指示した事件でも、「Aを病院で治療させようとせず,むしろ,自らの治療が成功しているとの態度をとり続けていたことが認められる。」と指摘されてます。

 

--(2020/08/26追記)---

www.asahi.com

 栃木県で2015年4月、治療と称して1型糖尿病を患う男児(当時7)にインスリンを投与させず衰弱死させたとして、殺人罪に問われた建設業近藤弘治(ひろじ)被告(65)=同県下野(しもつけ)市=の上告審で、最高裁第二小法廷(草野耕一裁判長)は被告側の上告を退けた。24日付の決定で「死の現実的な危険を認識していた」と述べ、死んでもやむを得ないという「未必の殺意」があったと認定した。一、二審判決の懲役14年6カ月が確定する。

 裁判では、母親から相談を受けた被告が男児インスリンを投与させないようにした行為を殺害と認定できるかが争点だった。

 第二小法廷は、被告は医学に頼らずに「難病を治せる」と標榜(ひょうぼう)し、母親に「インスリンは毒」「従わなければ助からない」としつこく働きかけて投与をやめさせたと指摘。「命を救うには従うしかない」と思い込んだ母親を「道具として利用」し、治療法に半信半疑だった父親も母親を通じて同調させたと指摘し、殺害行為に当たると判断した。

 弁護側は「インスリンを打たないと決めたのは両親で、治療費を受け取った被告が死をやむを得ないと考えるはずがない」と無罪を主張していた。

 一、二審判決によると、被告は14年末に母親の依頼で「治療契約」を結び、インスリンがなければ死に至ると理解しながら15年4月6日を最後に投与させず、同27日に死亡させた。県警は両親を保護責任者遺棄致死の疑いで書類送検し、宇都宮地検はいずれも不起訴(起訴猶予)としている。(阿部峻介)

最高裁第二小法廷決定平成30(あ)728

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89649