爆発物取締罰則と医師法17条、あはき法12条の対比

前回の記事では、昭和35年判決に関し、人の健康に害を及ぼす虞の立証は必要無く、無免許業者がおそれが無いことを証明できなければ違法施術と判断して良い、という趣旨で書いた。

 

binbocchama.hatenablog.com

 

その考えを補強するために、爆発物取締罰則を取り上げようと思う。

 

刑事裁判の立証責任

 刑事裁判は国家権力(検察)と個人の戦いであり、個人を刑罰にかけるものだから原則として検察に立証責任がある。いわゆる推定無罪の原則であり、刑事訴訟法336条に「犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。」とある。

 

しかし、立証責任が被告人に転嫁されている罪もある。例えば名誉毀損罪は公共性、公益性、真実性が満たされれば例え他人の名誉を毀損したとしても罪にはならないが、これらの証明責任は被告人側にあるのである。

つまり真実であること、あるいは真実と確信する根拠があることを被告人が証明しないと名誉毀損罪が成立してしまうのである。

 

同様に被告人に立証責任を転嫁している例として、爆発物取締罰則があるのである。

爆発物取締罰則

今回の記事に関係する条文は以下の通り。

第一条 治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者ハ死刑又ハ無期若クハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

 

第三条 第一条ノ目的ヲ以テ爆発物若クハ其使用ニ供ス可キ器具ヲ製造輸入所持シ又ハ注文ヲ為シタル者ハ三年以上十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

 

第六条 爆発物ヲ製造輸入所持シ又ハ注文ヲ為シタル者第一条ニ記載シタル犯罪ノ目的ニアラサルコトヲ証明スルコト能ハサル時ハ六月以上五年以下ノ懲役ニ処ス

 

明治時代の規則ですのでカナ表記です。

で、wikipediaより引用。

6条が、3条に規定する爆発物使用予備罪について「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」がないことの挙証責任を被告人側に負わせ、その証明ができなかった場合は3条に規定する罪の法定刑より軽い法定刑の範囲で処罰される旨規定している。つまり、両者の適用関係は以下のとおりとなる。

  • 上記目的が存在すると証明されたときは、3条の罪が成立
  • 上記目的が存在するか否か真偽不明のときは、6条の罪が成立
  • 上記目的の不存在が証明されたときは、3条の罪も6条の罪も不成立

第1条の「治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的」を加害目的とします。

爆発物等を製造、輸入、所持又は注文した場合、

  • 加害目的が存在すると証明されたときは3条の罪が成立し、3年以上10年以下の懲役又は禁固
  • 加害目的が無いことを証明できない場合は6条の罪が成立し、6ヶ月以上5年以下の懲役
  • 加害目的が無いことが証明されたら無罪

となります。

あはき法第12条と医師法第17条と保健衛生上の危険性

昭和35年判決は「医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない」と判示している。

 

一方、医行為の定義としては「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」とされている。*1

昭和35年判決の「人の健康に害を及ぼす虞」も「保健衛生上危害を生ずるおそれ」も意味としては一緒であろう。これらを「保健衛生上の危険性」とする。

 

私としては無免許での医療関連性のある行為に関しては

  • 保健衛生上の危険性が存在すると証明されたときは医師法第17条違反となり、3年以下の懲役、100万円以下の罰金
  • 保健衛生上の危険性が無いことを証明できない場合にはあはき法第12条違反となり、50万円以下の罰金
  • 保健衛生上の危険性が無いことが証明されたら無罪

だと考えている。

そもそも昭和35年判決では、全く無害な行為まで禁止処罰するのは問題があると考えたのではなかろうか。

昭和35年判決に対する批判としては、人の健康に害を及ぼす虞があると証明されるまで、虞のある行為が放置される、ということがある。

そしてその結果、無免許施術による健康被害が多発し、消費者庁が無免許施術による健康被害の報告書を出す状況になっている。

そういう事実も加味すれば、当時はともかく、現在でも昭和35年判決を維持しようとすれば、無免許業者に対し、保健衛生上の危険性が無いことの立証責任を求めざるを得まい。

 

憲法31条との関係

解釈だけで立証責任を被告人に転嫁するのは罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反するのでは?と疑問に思われるかもしれない。

爆発物取締罰則の6条はちゃんと規定が書かれているわけである。

 

しかしあはき法第12条は成文上、人の健康に害を及ぼす虞の有無に関わらず、無免許で行う治療又は保健目的の行為(医業類似行為)を禁止したものである。

そして憲法22条との関係はともかく、おそれの判断をせずに禁止処罰したとしても憲法31条には違反しない。

 

禁止処罰に制限を設けたのは最高裁の「解釈」であって、法律ではない。

よって、立証責任を無免許業者に転嫁しても憲法31条に違反するものではない。