タトゥー判決文を読んで。後編
前編はこちら
憲法21条(表現の自由)に関して
判決文より。
弁護人は、入れ墨を他人の体に彫ることも表現の自由として保障される旨主張するが、前記のとおりの入れ墨の危険性に鑑みれば、これが当然に憲法21条1項で保障された権利であるとは認められない。
もっとも、被施術者の側からみれば、入れ墨の中には、被施術者が自己の身体に入れ墨を施すことを通じて、その思想・感情等を表現していると評価できるものもあり、その範囲では表現の自由として保障され得る。その場合、医師法17条は、憲法21条1項で保障される被施術者の表現の自由を制約することになるので、念のため検討する。
表現の自由といえども絶対無制約に保障されるものではなく、公共の福祉のための必要かつ合理的な制限に服する。そして、国民の保健衛生上の危害を防止するという目的は重要であり、その目的を達成するために、医行為である入れ墨の施術をしようとする者に対し医師免許を求めることが、必要かつ合理的な規制であることは前記のとおりである。
被施術者から見れば、外見を変えることも表現の自由と主張できるだろう。
表現の自由で医師法違反を免責するなら、美容整形手術も無免許で可能になってしまう。
当業界に関しても、美容鍼灸というのがあり、無資格者の世界まで広げれば小顔矯正や美容整体というのもある状況である。
小顔矯正に関しては優良誤認表示で行政処分が為されてる。
【PDF】消費者庁:小顔になる効果を標ぼうする役務の提供事業者9名に対する景品表示法に基づく措置命令について
また事故情報データバンクで「小顔矯正」、「美容整体」、「エステ」といった単語で検索すれば事故情報も出てくる。
このような無免許施術は取締の怠慢により放置されていると解釈すべきであり、本来であれば事故情報を受け付けた消費生活センター等が刑事訴訟法第239条第2項*1に基づいて告発し、刑事処分を行わなければなるまい。
健康被害が生じている時点で「人の健康に害を及ぼすおそれ」は証明済みである。
このような無免許施術を肯定しかねない論理は容認しかねる。
著作物としての入れ墨
ただ判決では入れ墨に関し、「その思想・感情等を表現していると評価できるものもあり」としている。この表現は著作権法での著作物の定義、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」を意識したものかと思われる。判決文からは弁護団が入れ墨は著作物である旨、主張したようには思われないが、どうなんだろう?
もっともヘアスタイルについては著作物に該当する可能性があるようである。
ただ、著作物と言えるのは独創性が認められるものであり、ヘアスタイルならクライアントから独創性も求められようが、美容施術の場合、クライアントが求める外見は類型化できるものであり、独創性がないので著作物とは言えないとして、入れ墨との違いを明確化できるかもしれない。
しかし著作物として表現する場合に、医師法を免責できるなら、独創的なヘアスタイルにカットするためには理容師・美容師免許だって不要じゃないか、という問題が出てくるが。
罪刑法定主義に関して
判決文より
弁護人は、医師法17条が「医師でなければ、医業をなしてはならない。」としか規定していないのに、医療関連性を有しないあらゆる保健衛生上の危険性がある行為を規制しようとすることは、一般人の理解を超えた範囲を禁止の対象とするものであり、刑罰法規として曖昧不明確であるとともに、他の法令との体系的解釈を前提とすると、成人に対する入れ墨の施術は犯罪を構成しないにもかかわらず、これを処罰することは「法律なければ刑罰なし」の原則に反するから、同条は憲法31条に違反する旨主張する。
医師法17条の規制の対象となる医行為とは、前記のとおり、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為に限られる。このような解釈は、同条の趣旨から合理的に導かれ、通常の判断能力を有する一般人にとっても判断可能であると考えられるから、同条による処罰の範囲が曖昧不明確であるとはいえない。また、医師法17条をこのように解釈して、成人に対する入れ墨の施術を処罰することは、体系的にみて他の法令と矛盾しない。
「他の法令との体系的解釈を前提」とあるので、他の法令で医行為の参考になりそうな条文を示してみる。
保助看法37条
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。(但し書き省略)
目的論を言えば薬機法に於いて医療機器の定義は
この法律で「医療機器」とは、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であつて、政令で定めるものをいう。
とあり、タトゥー施術が「身体の構造に影響を及ぼすこと」は間違いないだろう。
よって目的を限定する考えを採用したとしても、罪刑法定主義に反しているとは思われない。
長々とタトゥー施術の医師法違反を肯定する考えを述べてきたが、彫師自体に恨みは無いので、無罪を目指すなら彫師以外の無資格者の医行為までは許されないような論理で裁判を闘っていただきたいと思う。
*1:官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。