難聴を治癒すると称して祈祷と療術を施し高額の料金を取得した行為に公序良俗に反する部分があるとした事例

消費者庁がまとめてた、消費者問題に関する裁判例の資料【PDF】です。

http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/review_meeting/pdf/140917_shiryou01-3.pdf

タイトルの裁判例は、PDFの一番最後のページに書いてあります。

昭和58年3月31日判決 名古屋地裁 昭和54(ワ)2242 判時1081号104 頁

下線部は消費者庁より。その他の強調は筆者による。

漢数字は算用数字に置き換えた。

公序良俗違反の契約無効による返還請求)


三 前記一、3で認定した被告の療術行為が医師法17条で禁止されている医業の内容である医療行為に当たるとは認められず、またあん摩師・はり師・きゆう師及び柔道整復師法12条で禁止されている医業類似行為に当たるものとも認められない

 そして前認定のごとき被告の加持祈とうはそれ自体が公序良俗に反するということができないのはもちろんである。

 

 しかしそれが人の困窮などに乗じて著しく不相当な財産的利益の供与と結合し、この結果当該具体的事情の下において、右利益を収受させることが社会通念上正当視され得る範囲を超えていると認められる場合には、その超えた部分については公序良俗に反し無効となるものと解すべきである。

 

 本件においては前記一で認定したように、原告をはじめその家族は、師からも見放された春子の難聴を治すため、いわば藁をも掴みたい心境にあり、これに対し被告は過去に難病を治癒させた例のあることを引き合いに出し、春子の難聴も治癒できる旨言明して、原告を契約締結に誘引し、そして昭和51年11月26日から昭和54年3月3日まで、この間春子の難聴はいっこうに回復の兆しがなかったのに、再三治ると繰り返し、合計737回にわたり春子を殆ど毎日のように通わせて加持祈とうを継続し、一回金8,000円による合計金589万6,000円という高額な料金を取得したものであって、以上のような事情の下では、被告に対し右料金全額の利得をそのまま認めるのは著しく不相当であり、社会一般の秩序に照らし是認できる範囲を超えているものといわざるを得ない。

しかして前記一認定のように、被告が属している善導会では1回の料金が金2,000円と決められていること、また被告は最初春子の難聴を1年のうちに治す旨言明し、しかも前記のように高額な料金を取得し続けてきたのであって、かかる点からすると、療術開始後相当期間経過してもなお症状に回復の兆しがなければ、原告に対しその事情を通知し、療術を続けることの再考を促し、損失の不当な拡大を防止すべきであったと認められること、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、被告が原告から支払を受けた料金のうち、昭和51五1年11月26日から昭和52年12月までの間合計354回について1回当り金2,000円による合計金70万8,000円については被告の取得を是認できないわけではないが、その余の金518万8,000円について被告の取得を認めるのは公序良俗に反し、契約はその限度で無効である。

 

認定した被告の療術行為ですが

  3 被告のした施術ないし加持祈とうの大要は以下のとおりであった。

(一)バイブレーターによるマッサージ。患者の着衣の上にタオルを置き、その上から約一五分間、市販のバイブレーターを用いて身体をマッサージする。

(二)高野山温灸患者の身体の上にタオルと八つ折りにした市販の紙を重ねて置き、その上から高野山燈心会本部特製の円筒形のもぐさの固まり(直径約一・五センチ、長さ約一五センチ)に点火した部分で軽く圧して皮ふを温める。全身数十箇所のつぼに約一〇分間施す。

(三)高野山オリーブ油を脱脂綿にしみこませて耳に入れる。

(四)吸引。直径約一・八センチ、長さ約四・五センチのガラス製の円筒形の器具を用いて、患者の首の皮ふを押圧して引っ張る。一〇回位施す。

(五)抜き取り封じ。市販のプラスチック製の色付きコップにざらめ砂糖を入れ、その上に人形を印刷してある形を細かく折って入れ、コップに蓋をする。その蓋の上に善導会本部会長小松観晃から買受けた紙(悪霊を押さえる意味の梵字が印刷されている。)を約一〇分間呪文を唱えながら糊ではりつける。

(六)延命封じ。鬼を追い払う意味の文字や六体地蔵の図案が書いてある紙を患者の身体に当て、これを二重に封筒に入れて川に流す。

ちなみに被告は医師免許や鍼灸マッサージ師の免許を持っているわけではない。

難聴の治療と称してこれらの行為を行うのはマッサージや灸、医業類似行為ではないか?と思うわけで、この判決は我々にとって受け入れがたいものである。

 

昭和35年判決前であるが、下記の行為は医業類似行為として有罪となっている。

被告人が本件において行つた施療行為は、疾病の患部に新聞紙片を八つ折にしたものをあて、その上を「ほう」の木の丸棒の一端に火を点じたもので押えて、疾病を治療するという方法であつて、この方法による施療行為を原判示のようになしたことは、被告人の認めるところであり、原判決挙示のその余の証拠によつて、これを認めるに十分である。


そして、右方法による施療行為は、本法にいうあん摩、はり、きゆう又は柔道整復の術には該当しないと解することができるけれども、疾病治療の方法として行つた右施療行為は、本法第十二条に所謂医業類似行為に該当すると解するを相当とする

名古屋高裁昭和30年(う)768

 

ところで、この判決文の全文は判例データベースで読めるのだが、実は原告は被告の療術行為が医行為であるとか、医業類似行為であるとは主張していないのである。

もちろん、被告も医業類似行為に該当するかどうかの主張をしていない。

判決理由のところでいきなり「医業類似行為」という言葉が出てくるのである。

弁論主義というルール

民事訴訟には弁論主義というルールがあり、原告、被告ともに主張していない事実を判決の理由にしてはいけないのである。

 

仮に、この裁判官(この事件は裁判官は一人である。単独事件という。)が、被告の療術行為を医業類似行為と認定し、違法施術の契約だから民法90条に違反し無効。だから全額返金しろ、という判決を書いたとする。

 

そうすると被告は弁論主義に反する、という理由で控訴し、高裁も控訴を認めることになる。

 

なので、原告の主張の範囲内でしか賠償額を認定できない。

原告の公序良俗違反に関する主張は下記のようなものであった。

  3 公序良俗違反の契約無効による返還請求

 (一) 春子の難聴は現在の西洋医学による治療を見離され、物理的療法である訓練以外に方法がないと診断され、このため当時原告としては藁をも掴む気持であった。そこに前記のような被告の自信に満ちた言葉があって、原告はその療法を信じて本件治療契約を締結したものである。かような被告の行為は何としても子の病気を治したい親の弱みにつけこんで、法外な料金を博する暴利行為であり、本件治療契約の正当な対価を超えた部分は公序良俗に反し無効である。そして本件治療契約における正当な対価は一回につき金一、〇〇〇円を超えない。

 (二) 従って被告は原告に対し受領済みの前記治療費のうち右超過分を返還すべき義務がある

これに基づいて、判決を書いたわけである。

3とあるので1,2もあるのだが債務不履行に基づく損害賠償請求、治療費返還契約に基づく請求だったのでさすがに認めるわけにはいかなかった。

この判決、消費者取引判例百選にも載ってたりする、先駆的な判断である。

 

消費者取引判例百選 <別冊ジュリスト135>

消費者取引判例百選 <別冊ジュリスト135>

 

 

ということはこの時点で、この判決が控訴審でひっくり返される可能性は否定できない状況である。

被告の控訴は予想できることである。

だから裁判官は控訴審での答弁で、控訴棄却、あるいは原告が控訴して満額を取れるように「医業類似行為」という単語を判決で書いたのでは無いかと思われる。

まさに判官びいきである。これは裁判官が一人であったからこそ書けたのだろう。

合議事件(裁判官が3人)では書けないのでは無かろうか?

 

この当時(昭和58年)はそんなにコンピューターは普及してなかっただろうし、判例データベースなんて無く、紙の判例集に当たらなければならない時代だった。

なので原告代理人の弁護士が、医業類似行為という概念やあはき法を知らなくても仕方なかったのである。

 

控訴審の行方

判例データベースで見てみるとこの事件は「控訴」と書かれている。

しかし、控訴審は収録されていないようである。

おそらく和解か、和解せずに控訴を取り下げたと思われる。

データベースの表示からはどちらが控訴したのか、それとも両方控訴したのかは読み取れない。

それぞれの控訴は以下のようなものだろう。

 

被告主張

原審判決の取り消しを求める。

原告の請求の棄却を求める。

原告主張

被告の療術行為は医業類似行為であり、違法な施術契約であるから民法90条に違反して無効。

全額返せ。

当時の判例

さて、医業類似行為であっても昭和35年判決により、違法施術と言うには「人の健康に害を及ぼすおそれ」を証明しなければいけないのでは?という疑問もあるだろう。

 

この当時には無資格施術による健康被害をまとめた消費者庁の報告書国民生活センターの報告書は無い。

しかしこの事件は無効な治療による暴利行為である。

治らない治療行為を規制するのも、あはき法第12条の目的であることはあはき法制定時の国会議事録からも読み取れる。

 

binbocchama.hatenablog.com

 

そしてこの当時(昭和58年)、薬事法に関しては以下の最高裁判決がすでに出ていた。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

一 薬事法一二条が製造業の許可を受けないで業として製造することを禁じている医療用具で同法二条四項、同法施行令一条別表第一の三二に定めている「医療用吸引器」は、陰圧を発生持続させ、その吸引力により人(若しくは動物)の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること又は人(若しくは動物)の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことを目的とする器具器械であれば足り、必ずしも電動力等の強力な動力装置を備えているもの又は専ら手術に用いられるものに限定されず、また、人の健康に害を及ぼす虞が具体的に認められるものであることを要しない

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

 一 薬事法二条一項二号にいう「医薬品」とは、その物の成分、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、その物が通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている」と認められるものをいい、これが客観的に薬理作用を有するものであるか否かを問わない。このように解しても、憲法三一条、二一条一項、二二条一項に違反しない。


二 その名称、形状が一般の医薬品に類似している本体「つかれず」及び「つかれず粒」(いずれもクエン酸又はクエン酸ナトリウムを主成分とする白色粉末又は錠剤)は、たとえその主成分が、一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一であつて、人体に対し有益無害なものであるとしても、これを、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、リユウマチ等に良く効く旨その効能効果を演述・宣伝して販売したときは、薬事法二条一項二号にいう「医薬品」にあたる。

 

これらの最高裁小法廷判決で引用している大法廷判決が以下である。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

同法がかような登録制度をとつているのは、販売される医薬品そのものがたとえ普通には人の健康に有益無害なものであるとしても、もしその販売業を自由に放任するならば、これにより、時として、それが非衛生的条件の下で保管されて変質変敗をきたすことなきを保しがたく、またその用法等の指導につき必要な知識経験を欠く者により販売されこれがため一般需要者をしてその使用を誤らせるなど、公衆に対する保健衛生上有害な結果を招来するおそれがあるからである

このゆえに、同法は医薬品の製造業についてばかりでなく、その販売業についても画一的に登録制を設け、同法二条四項にいわゆる医薬品に該当する限りその販売について、一定の基準に相当する知識経験を有し、衛生的な設備と施設をそなえている者だけに登録を受けさせる建前をとり、もつて一般公衆に対する保健衛生上有害な結果の発生を未然に防止しようと配慮しているのであつて、右登録制は、ひつきよう公共の福祉を確保するための制度にほかならない

されば、旧薬事法二九条一項は、憲法二二条一項に違反するものではなく、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、論旨は理由がない。

というわけで、この大法廷判決を引用すれば昭和35年判決を変更することは可能だったと思われる。

この大法廷判決を引用している最高裁小法廷判決は同じ薬事法のものが多いが、旅行業法の憲法判断でも引用されている。

 

和解か控訴取り下げ?

控訴は判決文の送達を受けてから二週間以内にしなければならない。

判決に不服があればとりあえず控訴してから控訴理由を検討する、というのが通常らしい。

被告は控訴した後、時間をかけて検討したら成文上、あはき法第12条に違反することを知ったはずである。そして昭和35年判決も知っただろうが、そこで憲法22条の判例を調べたら上記の薬事法判例が出てくるのである。

 

原告は、被告の療術行為が医業類似行為であり、違法行為だから民法90条に違反して無効と主張してくるだろう。

そこで人の健康に害を及ぼすおそれの立証を求めた場合、薬事法の大法廷判決を引用して、判例を変えてくる可能性がある。

実際、昭和48年の全農林警職法事件判決では国家公務員法のスト禁止に関する限定解釈の判例が変えられた。

 いわゆるD事件についての当裁判所の判決(昭和四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決・別集二三巻五号六八五頁)は、本判決において判示したところに抵触する限度で、変更を免れないものである。

 

もし、自分の療術行為が違法行為と裁判所に認定されたら、他の患者からも返還訴訟を起こされるおそれがある。

 

このようなリスクが有るなら一審で認められた賠償金は諦めてしまおう。

 

これで原告側が控訴していなければ、被告が控訴を取り下げれば済む話である

 

ただし、原告側が控訴していれば、自分が控訴を取り下げても裁判は行われる。

それなら全額認めて和解しよう。そうすれば裁判所から違法行為と判断されずに済む。

口外不可条項もつければ良し。

 

というわけで、被告側は控訴の取り下げや和解をする動機は十分です。

 

原告側からすればさっさと支払ってもらった方が楽なのです。

 

今までも無免許施術の返金訴訟はあったかもしれません。

消費者契約法で返金を求めて敗訴した事案が国民生活センター判例集には載っております。

http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20131121_2.pdf

東京地裁平成25年3月26日判決

 

原告の主張

消費者である原告は、肩こりや頭痛などの症状についてインターネットで通院先を探し、被告らとの間でカイロプラクティックの施術契約を締結し、施術を受けた。

原告は、被告らが、原告の猫背、頭痛、肩こりはカイロプラクティックによる施術によって治るとは限らないにもかかわらず、それを故意に告げず、かえって、原告らの症状が治ると将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供したため、原告は、本件各施術によって症状が治るのが確実であると誤認したと主張し、法4条2項により本件各施術契約を取消す旨の意思表示をし、不当利得の返還請求をした。

 

判決の内容

カイロプラクティックの施術における「猫背、頭痛、肩こりの症状を改善させる効果の有無」については、消費者契約の目的となる役務についての「質」に該当すると認められる。

被告らが、本件各施術によって猫背、頭痛、肩こりの症状が改善していく旨の説明をしたことは認められるが、施術によって症状が改善しないと認めることはできないから、被告らが本件各施術によって症状が改善しないにもかかわらず改善する場合があると告げたと認めることはできない。

また、被告らが、原告に対し症状が軽減、消失しないことを告知しなかったことが法4条2項に反するとはいえない。

そして、被告らが「猫背、頭痛、肩こりが治る」などという断定的明言をした事実を認めることはできず、原告において、猫背、頭痛、肩こりが確実に治ると誤信したと認めることは困難である。被告らが、症状が改善しない場合があることを故意に告げなかったとも認められない。

以上により、原告の本件各施術契約の申込みの意思表示につき、法4条2項に基づいて取消すことはできないとして、原告の請求を棄却した。

 

これ、施術者が無免許であるか否かは不明ですが、無免許であれば今回の記事で書いたように、違法施術だから民法90条に反する、と主張すべきでした。

そしてそのように主張して返金を求める裁判例を私は知りません。

仮にそういう請求をした裁判があっても前述の理由で和解で終わったのでしょう。

和解で終わった裁判は判例集には載りません。

 

この事件、私としては控訴審で戦って、判決を得てもらいたかったのですが。

そうすれば消費者庁国民生活センターの報告書に書かれている被害は少なくて済んだかもしれませんし、ずんずん運動で殺されずに済んだかもしれません。

 

ま、個人の利益と社会の利益が必ずしも一致しないのです。