医業類似行為の違法性の認定は「人の健康に害を及ぼすおそれ」について「判断」すれば良く、立証までは必要ない。

昭和35年判決ですが

ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。

それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。

とあるので、無免許施術を違法と言うには「人の健康に害を及ぼすおそれ」を立証しなければならない、という誤解があります。

で、再び判決文ですが

しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

と仙台高裁への破棄差戻しを決定したのである。

ちなみにこれは無罪判決ではなく、差し戻し控訴審で再び有罪判決になり、被告人は再び上告。そして上告が棄却されて有罪判決が確定しております。

 

で、「原判決は」、「HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなくと述べているわけですね。

 

あはき法第12条に関する最高裁判決はHS式無熱高周波療法以外にもう一つあり、昭和35年判決を引用しております。

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職権をもつて調査すると、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解すべきこと当裁判所の判例とするところである(昭和二九年(あ)第二九九〇号、同三五年一月二七日大法廷判決、刑集一四巻一号三三頁参照)

しかるに原判決は、被告人が業とした本件重畳電位波発信静電機療法と称する療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かについて何ら判断するところがなく、ただ被告人が同療法を業として行つただけで前記法律一二条に違反したものと即断したのは、同法の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

「原判決は」被告が行った療法について「人の健康に害を及ぼす虞があるか否かについて何ら判断するところがなく」と判示しているわけです。

 

これらの判決文から、最高裁が問題にしたのは、原判決が「人の健康に害を及ぼす虞があるか否かについて何ら判断するところが」ない、ということが読み取れる。

 

つまり、最高裁が求めているのは「人の健康に害を及ぼす虞があるか否か」についての判断であって、虞の立証では無いのです。

 

HS式療法の最初の控訴審で「被告はHS式療法が有効無害であるとして、当該療法の禁止処罰は憲法22条に違反すると主張するが、被告は当該療法が無害である根拠を示していない。よって主張の前提が成り立たない。」と判示しておけば良かったんじゃないですかね。

 

HS式無熱高周波療法の差し戻し控訴審ではおそれを「立証」していたのですが、当時は医業類似行為の危険性についての統計は無かったのでしょう。

 

しかし、今は整体、カイロプラクティック、リラクゼーションなどの手技療法の健康被害については行政が報告書を出しております。

 

なので手技療法に関してはこの報告書を証拠として提出すれば、手技療法を行っている無免許業者に、人の健康に害を及ぼすおそれが無いことの立証責任を負わせることができます。

 

手技療法で健康被害が発生しているにも関わらず、無免許業者は安全性の証明をしていない。

これで人の健康に害を及ぼすおそれの有無についての判断を示せるわけです。

 

それで違法と言えるか?

 

個別の手技療法の危険性を証明しないから理由不備の違法がある、と無免許業者は主張するかもしれません。

 

それに関しては歯科医師法違反の判例が参考になります。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=58368

 弁護人松本健男、同田中泰雄の上告趣意のうち、憲法三一条、二二条一項違反をいう点は、印象採得、咬合採得、試適、装着等は、歯科医業に属するものであり、歯科医師でなければ何人もこれを行うことができないとすることが憲法三一条、二二条一項に違反するものでないこと、及び、歯科医師法一七条、二九条一項一号が、所論のように明らかに患者に対し保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為のみに適用されるとの限定解釈を施さなくても、右憲法条項に違反するものでないことは、いずれも当裁判所の判例(昭和三三年(あ)第四一一号同三四年七月八日大法廷判決・刑集一三巻七号一一三二頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所論違憲の主張は理由がなく、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

歯科医師法違反事件の小法廷判決なので、あはき法違反で引用することは難しいですが、ここで引用されている大法廷判決を引用しましょう。

この大法廷判決は司法書士法違反事件でも引用されております。

 思うに、印象採得、咬合採得、試適、嵌入が歯科医業に属することは、歯科医師法一七条、歯科技工法二〇条の規定に照し明らかであるが(なお、昭和二六年(あ)四四七六号、同二八年六月二八日第二小法廷判決、集七巻六号一三八九頁参照)、右施術は総義歯の作り換えに伴う場合であつても、同じく歯科医業の範囲に属するものと解するを相当とする。

 

けだし、施術者は右の場合であつても、患者の口腔を診察した上、施術の適否を判断し、患部に即応する適正な処置を施すことを必要とするものであり、その施術の如何によつては、右法条にいわゆる患者の保健衛生上危害を生ずるのおそれがないわけではないからである。

されば、歯科医師でない歯科技工士は歯科医師法一七条、歯科技工法二〇条により右のような行為をしてはならないものであり、そしてこの制限は、事柄が右のような保健衛生上危害を生ずるのおそれなきを保し難いという理由に基いているのであるから、国民の保健衛生を保護するという公共の福祉のための当然の制限であり、これを以て職業の自由を保障する憲法二二条に違反するものと解するを得ないのは勿論、同法一三条の規定を誤つて解釈したものとも云い難い。所論は、右に反する独自の見解に立脚するものであつて、採るを得ない。

 

「明らかに患者に対し保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為のみが禁止されるわけではなく、そう解釈しても憲法に違反するものでない。」と主張しましょうか。

 

あと医師法違反の最高裁判決でも

なお、コンタクトレンズの処方のために行われる検眼及びテスト用コンタクトレンズの着脱の各行為が、いずれも医師法一七条にいう「医業」の内容となる医行為に当たるとした原判決の判断は、正当である。

とあり、この「原判決の判断」は

 なお、所論は、本件で医師法に違反するとされた検眼、コンタクトレンズの着脱の各行為は、人体に対し何らの危険性も認められないと主張するので、この点についてさらに考察するに、医師法一七条がその取締りの根拠としている無資格者の行う医業における危険は、抽象的危険で足り、被診療者の生命、健康が現実に危険にさらされることまでは必要としないと解するのが相当であり、所論の当否もこの観点から決すべきである。

とした上で、

記録によれば、それ(注:行政通知)が発せられた当時からみると現在では医療機器等の格段の進歩が認められ、検眼機を用いての検眼及びテスト用コンタクトレンズの着脱自体による人体への危険は相当程度減少しているということができるが、なお担当者の医学的知識が不十分であることに起因し、検眼機の操作、データの分析を誤り、またテスト用コンタクトレンズ着脱の際に眼球損傷、細菌感染を招くとかコンタクトレンズの適合性の判断を誤る等の事態が皆無とはいえないうえ、特に最終的にコンタクトレンズの処方をすることを目的としてこれらの行為が行われる本件のような事案においては、検眼またはテスト用コンタクトレンズ着脱時の判断の誤りがひいてコンタクトレンズの処方の誤りと結び付くことにより、コンタクトレンズを装着した者に頭痛、吐き気、充血、眼痛、視力の低下等の結果をもたらし、最悪の場合は失明に至る危険性もないとはいえないことが認められる。

そうすると、少なくとも処方のために行われる検眼及びコンタクトレンズの着脱の各行為については、原判決のようにこれをコンタクトレンズの処方の一部というかどうかはともかくとしても、実際に各患者に対してコンタクトレンズを処方した場合はもとより、原判決別表番号7、8及び10の事案のようにたまたま事情があって診療当日処方するまでに至らなかった場合を含め、行為の性質上すべて医行為に当たるというべきである。

と判断しております。

合理的な疑いを差し挟む余地

推定無罪という言葉がありますが、刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要です。

で、それがどの程度か?ということに関しては判例があります。

要旨としては

有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には有罪認定を可能とする趣旨である。

ということです。

 

手技療法による健康被害が発生している状態で、とある無免許業者が手技療法を行い、医師などの専門家による安全性の証明を受けていない場合、健全な社会常識に照らせばその療法は人の健康に害を及ぼす虞がある、と言えるのではないでしょうか?

 

 

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