草津温泉の時間湯と問診
(2019/06/21 温泉法について追記)
草津温泉における時間湯という湯治法で、湯長(湯治の指導者)の行為が医師法違反では?というニュースである。
法定の医療系免許を所持せずに「治療行為」や「問診」を行っている整体師やカイロプラクターなどにとっても他人事ではあるまい。
黒岩信忠町長は「湯長が湯治客の健康状態などを把握するために行う『問診』が、医師法などに違反する可能性が高い」などと説明する。
この記事に対し、タトゥー弁護団の亀石倫子弁護士は以下のツイートをしている。
断食道場に入寮する際に症状など尋ねる行為は「問診」にあたるとする最高裁判例からすれば湯治客に入浴法を指導するため健康状態を尋ねる行為も「医行為」となりうる。他方で「時間湯」は温泉文化の伝統であり医師法による規制はなじまない。文化・伝統を守るための策が必要。https://t.co/e9HSvgxON0
— かめいし倫子@6/19発売『刑事弁護人』(講談社現代新書) (@MichikoKameishi) 2019年5月31日
タトゥーは医療関連性が無いから医行為・医業ではないと主張された弁護士でも、この件に関しては医療関連性を認めているわけである。
医療関連性
実際、下記の報道からは、時間湯の目的が、医療関連性を有さないと判断することは難しいだろう。
草津町黒岩信忠町長:
湯長の契約を更新しないきっかけは草津温泉時間湯保存会が作成した時間湯Q&Aという文書です。
一番大きいのは湯長が実際に問診をしてそれに合わせた湯浴のスタイルで入れさせる…
その一連の行為が医療行為に当たるということです。
もうひとつは文書に『“効かない病はない”と言われるくらい効果があります」 と、書かれていること。
このようなことを書くと薬事法・薬機法に触れる可能性がある。
時間湯にはオフィシャルサイトも有る。
で、湯治体験談も記載されている。
「〇〇(傷病名)の場合」と書いてある以上、医療関連性はやはり否定できまい。
「*個人の感想であり効果・効能を示すものではありません。 」と打ち消し表示が有るが、健康食品でこのような感想を表示していたら薬機法や健康増進法違反に問われる事態となる。
問診(医行為・医師法違反)
断食道場の入寮者に対し、いわゆる断食療法を施行するため入寮の目的、入寮当時の症状、病歴等を尋ねる行為(原判文参照)は、その者の疾病の治療、予防を目的とした診察方法の一種である問診にあたる。
さて、「原判文参照」と書かれているので、原判決である控訴審判決*1から引用しよう。
事実関係に関しては
原判決掲記の各証拠によれば、原判示のA外6名はいずれとも疾病の治療、予防を目的として被告人のもとを訪れたこと、すなわちAはアレルギー症状の治療、Oは左膝関節の痛みと蓄膿症の治療、Yはリュウマチの治療、T1は十二指腸潰瘍の予防と胃弱の治療、Hは腎臓浮腫の治療、T2は胃痛の治療、Nは顔のシミの治療と予防を目的として被告人のもとを訪れたものであることが認められるのみならず、被告人もまた右7名に対しこれら疾病の治療と予防を目的とする断食療法を行わせる前提として、被告人において、直接に、あるいは当時被告人のもとで原判示の断食道場に勤務していた事務員Mを通じて、断食道場への入寮目的、入寮当時の症状、病歴等を尋ね、入寮日数、捕食および断食の日数を指示していた事実が認められるのである。
もっとも、原審証人Mの証言および同人の検察官に対する供述調書、原審第11回公判廷における被告人の供述によれば、捕食および断食の日数は入寮日数によって一律に決せられているのみならず、実際の入寮日数もおおむね入寮者の希望を聴くことが一般的であったことが認められるとはいえ、被告人において、入寮者の病歴入寮当時の症状等から当該疾病の治療又は予防に要する期間を教示して入寮者の判断に資し、それに従って入寮日数をきめさせていたことがうかがわれるのである。
とある。
- 入寮者はいずれも疾病の治療、予防を目的として被告人の元を訪ねたこと。
- 被告人は疾病の治療と予防を目的とする断食療法を行わせる前提として、入寮目的、症状、病歴を尋ねたこと。
- 断食日数などは一律に決められていた。
- 被告人は治療等に要する期間を入寮者に示して、入寮日数などの決める判断材料にさせていた。
といったところである。
で、この点に関する東京高裁の法的な判断は
以上認定の事実関係に徴すれば、被告人が原判示のA外6名に対して前示の如く入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、当該相手の求めに応じてそれらの者の疾病の治療、予防を目的として、本来医学の専門的知識に基づいて認定するのでなければ生理上危険を生ずるおそれのある断食日数等の判断に資するための診察方法というほかないのであって、いわゆる問診に当たるものといわなければならない。
というものであった。
断食日数の決定、という保健衛生上の危険性のある判断のために行った行為だから問診(医行為)である、という解釈も可能だろう。
報道では湯長の存在が安全確保のために必要だった旨、述べられているので時間湯は保健衛生上の危険性も排除できまい。
また、無免許での診察行為は適切な治療を受けられる機会を逸失する、という点で保健衛生上の危険性が有る、と判示する裁判例*2もあり、診察の後にする行為に保健衛生上の危険性が有るかどうかは関係ないようにも思える。
実際、保健師助産師看護師法違反事件では
医師が無資格者を助手として使える診療の範囲は、おのずから狭く限定されざるをえず、いわば医師の手足としてその監督監視の下に、医師の目が現実に届く限度の場所で、患者に危害の及ぶことがなく、かつ、判断作用を加える余地に乏しい機械的な作業を行わせる程度にとどめられるべきものと解される。
東京高裁平成元年2月23日判決 昭和63(う)746
と判示されている。
無資格者が医師の指示のもとでも行えない行為を独立判断で行える道理もなく、結局草津町長が言うところの「湯長が湯治客の健康状態などを把握するために行う『問診』が、医師法などに違反する可能性が高い」との判断は裁判例から考えると妥当である。
別のニュースソースでは
町は、湯長が湯治客の健康状態を判断したり、異性の湯治客の患部を診たりすることを疑問視しており、
と書かれている。
存続のためには?
立法措置まで考えると収集がつかないので現行法規の下で、時間湯を存続させる方法を考えてみる。
まず医療関連性を無くし、レジャーの一種にしてしまう、というのが考えられる。
ただし、それでは時間湯の意義自体無くなってしまうのでは?と思う。
で、湯治法として、つまり医療関連性を保ちながら存続を考えた場合、湯長には理学療法士(PT)や看護師などの医療系資格を取っていただく必要が有るのではないか?
時間湯は体験入浴と本格的な湯治に分けられるようだが、体験入浴の場合、下記の体験記事を読む限りでは問診はしていないようである。
長期間滞在の湯治であれば一度、現地の医師の診察を受けることはさほど手間ではあるまい。
報道でコメントされているように、地元には時間湯に理解の有る医師もいるようだし。
医師の指示の下、PTや看護師が問診や治療行為をする、という形であれば法的には問題無いと思われる。
私としては整体師などの無免許業者が、無免許医行為を正当化するのに利用できそうな解決法は取らないでいただきたいわけである。
ズンズン運動の悲劇を繰り返さないためにも。
温泉法による正当化
温泉法18条には下記のように書かれている。
(温泉の成分等の掲示)
第十八条 温泉を公共の浴用又は飲用に供する者は、施設内の見やすい場所に、環境省令で定めるところにより、次に掲げる事項を掲示しなければならない。
一 温泉の成分
二 禁忌症
三 入浴又は飲用上の注意
四 前三号に掲げるもののほか、入浴又は飲用上必要な情報として環境省令で定めるもの
なので、掲示する注意事項(禁忌症、入浴上の注意)を徹底するために病歴・症状を聴取したとしても、違法性は阻却されるのではないか、と思う。
そのためには症状別に入浴上の注意を掲示する必要はある。