整体と春日野部屋の暴行事件

※2018/01/30追記

下記記事によると

  • 国技館の診療所に書いてもらった紹介状を兄弟子が取り上げていた。
  • 国技館の診療所には首から上を撮影できるレントゲン撮影装置がなかった。

ということらしい。

www.zakzak.co.jp

追記終わり。

 

春日野部屋の元力士が兄弟子から暴行を受け、整体施術によりさらに悪化し、後遺症が残った事件です。

 

日本相撲協会の隠蔽体質や暴行に関しては各種報道や他の方の記事を読んでいただきたい。

 

整体施術に関しては医師によるブログ記事(下記リンク)も書かれているが、より近い立場(鍼灸マッサージ師)から解説していこうと思う。

 

結論を先に書けば、整体などの無免許業者を他人に紹介すると訴訟に巻き込まれるリスクがあるので、国家資格を確認してから紹介したほうが良いよ、ということです。

 

blogos.com

 

www.gohongi-beauty.jp

 

前提知識

まず、私の記事が初めての方に前提の知識を説明する。

 すでに知識がある方は「今回の事件」から読んで下さい。

法律(整体師は本来、違法な職業である)

独立判断で治療行為をできるのは医師、歯科医師、はり師、きゅう師(はり師、きゅう師をあわせて鍼灸師と俗称される。同一人物が両方の免許を持っていることがほとんど。)、あん摩マツサージ指圧師柔道整復師のみであり、妊産婦に対しては助産師も行える。

 

これらの者以外による独立判断での治療行為は医師法第17条およびあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下、あはき法)第12条により禁止されている。

医師法第17条(無免許医業の禁止)

医師でなければ、医業をなしてはならない。

あはき法第12条(医業類似行為の禁止)

何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。

この医業類似行為というのは

疾病の治療又は保健の目的でする行為であって医師・歯科医師・あんま師(※筆者注:現在のあん摩マツサージ指圧師)・はり師・きゅう師又は柔道整復師等他の法令で正式にその資格を認められた者がその業務としてする行為でないもの 

 と判例で示されており、簡単に言えば法律で定められた免許の範囲外で行う治療や保健目的の施術行為(無免許施術)である。

つまり法的な免許制度のない整体やカイロプラクティックなどがあはき法第12条で禁止されている医業類似行為である。

最高裁判例

さて、あはき法第12条で禁止される医業類似行為の例として整体やカイロプラクティックを挙げた。

 

それだと町中にある整体やカイロプラクティックの店は何なのだ?という疑問が出てくるだろう。

これは昭和35年にあはき法第12条違反に関し、最高裁

法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない

最高裁大法廷 昭和35年1月27日判決 昭和29年(あ)2990号

と判示されたため、医業類似行為の禁止処罰には人の健康に害を及ぼすおそれを立証する必要が出てきたからである。*1

 

なので整体師やカイロプラクターは「人の健康に害を及ぼすおそれが無い」という建前で営業している。

そして整体師やカイロプラクターを名乗るのには何の資格も不要である。だから無免許業者と私は表現している。

あなたが整体師、カイロプラクターと名乗るは自由だし、売上が一定額以内であれば税務署への届出も不要である。

 

無免許施術(医業類似行為)による健康被害

さて、人の健康に害を及ぼすおそれが無い、という建前で営業している整体師などの無免許業者であるが、無免許施術による健康被害国民生活センターによって2012年に明らかにされる。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

そして無免許施術により子供が殺される事件も発生する。*2

www.sankei.com

 

また平成29年5月には消費者庁からも無免許施術による健康被害の報告書が出される。

 

法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に[PDF]

http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/consumer_safety_release_170526_0002.pdf

消費者庁には、「整体」、「カイロプラクティック」、「リラクゼーションマッサージ」などの法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術で発生した事故の情報が、1,483 件寄せられています(平成21年9月1日から平成29年3月末までの登録分)。そのうち、治療期間が1か月以上となる神経・脊髄の損傷等の事故が 240 件と全体の約 16%を占めています。 

今回の事件

事実関係

朝日新聞によると

 訴状によると事件が起きたのは14年9月で、殴打されてあごを骨折するなどし、治療に1年6カ月かかったと主張。さらに「味覚消失」などの後遺症が残ったと訴えている。

 暴行した先輩力士に加え、春日野親方は「(被害者を)病院ではなく整体院に連れて行き、適切な治療を受けさせようとしなかった」として、安全配慮義務に違反したと主張。2人に後遺症による逸失利益と慰謝料などを合わせ、3千万円の損害賠償を求めている。

 これに対し、先輩力士は暴行したことは認めているが、その内容や後遺症の程度について争う姿勢を見せている。春日野親方は事件直後に被害者の父親に謝罪した上、「けがは快方したように見えた。被害者はいつでも自由に通院できるようにしていた」と主張。師匠として事件の発生を予見することはできなかったとして、請求棄却を求めている。

※強調は筆者による。

www.asahi.com

また1月26日放送のミヤネ屋によると被害者側の主張は

まずこちらは矢作さんの主張なんですが、矢作さんの主張によりますと、春日野親方は病院に連れて行かず、相撲診療所に行かせたと。
その相撲診療所であごの骨折の可能性があるというふうに言われたんですが、この相撲診療所にはレントゲン撮影の設備がなかったので、設備のある別の病院を紹介されて、けがを負って春日野親方は、ただ連れて行こうとしなかったということなんですね。
さらに春日野親方は世間への発覚を恐れて、知り合いの整体師を紹介して、そこで無理な施術によって症状がさらに悪化してしまったという、矢作さんの主張です。

一方、春日野親方の主張は

一方、春日野親方は、レントゲン撮影も可能だったはずだが、撮影はせず、気になるようならと大きな病院の紹介状をもらったんだと。
知り合いの整体師による施術は世間への発覚を恐れてということではないという主張です。

 

被害者には相撲診療所で受診してもらったのち、兄弟子に付き添わせ、整体師の施術を受けさせた。
快方に向かったと思われたが、その後、入院をしたということだと。

ということです。

文字起こしは下記リンク。

ミヤネ屋【春日野部屋傷害事件…理事選への影響は?▽ビットコインとは?ほか】[字] 2018.01.26 – Mediacrit

 

双方の主張から確実に言えることは

  • 兄弟子による暴行があった。
  • 日本相撲協会の診療所で受診した。
  • 診療所に首から上を撮影できる装置が無かったのでレントゲン撮影は行われなかった。(2018/01/30編集)
  • 診療所の医師は別の病院を紹介(提示)したか、紹介状を書いた。
  • 兄弟子がその紹介状を取り上げた(2018/01/30編集)
  • 親方の紹介した整体院で施術を受けた。
なぜレントゲン撮影をしなかったか

日本相撲協会の診療所のスタッフ数は下記のリンクに書かれている。

medley.life

 

整形外科の専門医が常勤でいる模様である。

また診療放射線技師が一人いる。*3

 

放射線を扱う機器が無いところで放射線技師を雇用するメリットは無いと思われるのでレントゲン撮影装置はあると思われる。

ではなぜ撮影しなかったかと言えば受診時に放射線技師が不在だった可能性がある。

 

 

ただし、医師がレントゲン撮影の必要性を認めなかった可能性も否定できず、その場合には整体施術が決定的なダメージとなるだろう。

 

また放射線技師の不在が理由なら後日の受診を促すことも可能なわけです。

被害者の主張を信じるなら、診療所では手に負えない骨折なので病院に行ってちょうだい。撮影もそっちでしてもらったほうが良いでしょ。という感じか。

 

どちらにせよ、診療所の医師が整体あるいは接骨院による施術に関し、指示や同意をしたとは言えないようである。 

骨折部位に対する施術と接骨院

あん摩マツサージ指圧師柔道整復師は法律により、骨折部位に対する施術は医師の同意を得なければならない。

あはき法第5条

あん摩マツサージ指圧師は、医師の同意を得た場合の外、脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない。

 

柔道整復師法第17条

柔道整復師は、医師の同意を得た場合のほか、脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない。ただし、応急手当をする場合は、この限りでない。

 

柔道整復師法では応急手当の免責が書いてある。 

本来、柔道整復師は捻挫・打撲・脱臼・骨折に対する施術を行う免許であるため、医師への受診・搬送まで放置できない場合に応急手当を行うことには合理性がある。

binbocchama.hatenablog.com

 

実は今回の施術を行った整体院が接骨院整骨院柔道整復師の施術所)か否か、確たる証拠がない。

 

柔道整復師がその免許で認められているのは捻挫・打撲などの急性外傷に対する施術であり、疲労回復や慢性疾患に対する手技療法などは認められていない。

そして、健康保険の審査が厳しくなり、生き残りを図るために「整体師」として営業している柔道整復師も多い(「自費施術」と称している場合も多い)。

 

もっとも柔道整復師はその教育課程で柔道整復師法について習っており、医師が施術に同意しておらず、数日経過した骨折部位に応急手当をするとは考えにくい。あん摩マツサージ指圧師も同様である。

 

またマスコミも訴状を読んで「整体院」と表現していることから接骨院ではないと判断する。

 

整体院を紹介した春日野親方の責任

今回の裁判では暴行した兄弟子に対する春日野親方監督責任も問題なのだろうが、そこは専門外なので私は言及しない。

 

私が注目しているのは被害者に整体院を紹介した責任である。

 

まず接骨院鍼灸マッサージ師の施術所に紹介して、施術によって症状が悪化した場合を考えてみよう。

 

これらの国家資格者が一定の知識・技能が国家により確認されている者だから施術による健康被害に関しては施術者の責任である。

仮に間違った判断で国家資格者の施術を受けるように指示した場合でも、国家資格者が施術の可否や病院への受診を薦めるか、判断する責任がある。

よって、紹介した者は施術による健康被害に関し、なんら責任を負わない。

 

これが整体師などの無免許業者だとどうなるか。

整体師は法律上、素人であるから施術の可否や病院受診を薦めるなどの判断を期待する方が間違いである。

もっとも素人である整体師がそのような判断が必要な施術を行うこと自体、違法行為であるが。*4

 

ただし、おおっぴらに営業して、あたかも身体の専門家のように装っている整体師などを素人と判断するのは一般の人には難しいところである。

なので

 

  • 紹介者が免許制度を知っているか、知っていて然るべき立場であること。
  • 紹介した整体師が無免許であることを知っていること。

 

この2点を証明しないと整体師を紹介した者の責任を問うことは難しい。

 

私は以前、病院側で医療訴訟を手がける弁護士に対し、ケアマネが整体師(無免許)を利用者に紹介し、その施術で健康被害が発生した場合、ケアマネは賠償責任を負うか?と聞いたことがある。

その可能性は否定できないとの回答であった。

 

なお、ケアマネの基礎資格としてあん摩マツサージ指圧師柔道整復師がある。

なのでケアマネが免許制度について実際に知っていようがいまいが、免許制度について知っているべき立場とみなされよう。

 

相撲部屋の親方にその知識があること又は知識があるべき立場を求めるのは難しいとも思える。

ただし、スポーツに関わる鍼灸マッサージ師や柔道整復師も多い。

なので全く無知である、とも言い難い。

 

もっとも今回は骨折が疑われる状況で、病院・診療所以外(免許の有無に関わらず)を紹介した事自体が過失である、という判断がされてもおかしくはない。

 

紹介された施術所が国家資格者のところであれば前述のように、国家資格者の責任を述べて、請求の棄却を求めれば良い。

 

無免許施術と賠償責任保険

今回の訴訟、整体院が被告になっているのか否か、あるいは整体院との間で示談がされているのかどうか不明である。

 

 ただし、無免許施術(整体)による健康被害に対し、賠償責任保険は支払われない。

そのような名目で売られている賠償責任保険もあるが、違法行為を助長する保険商品の販売は保険業法で禁止されている。

判例で禁止処罰対象にしない無免許施術は「人の健康に害を及ぼすおそれの無い行為」であり、そのような行為では健康被害は発生しないだろう。

健康被害が発生する行為というのはまさに「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為」であり、違法施術である。

実際、消費者庁事故情報データバンクには

事故情報詳細(リラクゼーションマッサージ, マッサージ… 事故情報ID:0000269049)_事故情報データバンクシステム

マッサージ店で施術を受け首の頸椎を痛めた。損害保険会社が調査した結果、保険対象外だったが、店が理由を教えてくれない。

事故情報詳細(カイロプラクティック 事故情報ID:0000241980)_事故情報データバンクシステム

テレビ宣伝のカイロプラクティックに肩こりでかかったら直後から肩から右腕に痛み。保険請求書記載の誤りを訂正してほしい。

というように、保険対象外、または保険請求に虚偽の内容が見受けられる。

 

そして無免許業者に財産が無い場合、仮に損害賠償を求める裁判で勝っても判決文は紙切れ同然である。

 

なので財産がある関係者を訴えなければ意味がない。

ホテルのテナントの無免許マッサージ業者により、四肢麻痺になった被害者が、ホテルも訴えたのはその典型だろう。

 

togetter.com

 

国家資格者の場合、仮に施術での健康被害が生じても、賠償責任保険で対応できる。

また施術の可否などの判断が国家資格者の責任であることは前述のとおりである。

 

紹介者が裁判に巻き込まれるリスクは、国家資格者と無免許業者ではこのような違いがある。

 

 

*1:なお、医師法第17条違反に関してはすでに「医師が行うのでなければ保健衛生上害を及ぼすおそれのある行為」が医行為の定義であり、この最高裁判決の前は危険性が立証されれば医師法第17条違反、危険性を立証せず、無免許での治療行為等を行ったことのみを立証した場合にはあはき法第12条違反で罪を決めれば良かった。

この判決で医師法第17条違反とあはき法第12条違反の立証に関しては差が無くなってしまい、危険性を立証できる場合のみに起訴できるので医師法第17条違反のみ問われ、あはき法第12条違反で立件されることは無くなった。

*2:業務上過失致死傷罪と殺人罪の違いぐらいは理解してます

*3:数え方から常勤と思われる。

*4:富士見産婦人科病院事件の保助看法違反事件では、医師が無資格者に行わせることができる行為は、「患者に危害の及ぶことがなく、かつ、判断作用を加える余地に乏しい機械的な作業を行わせる程度にとどめられるべき」とされている。東京高裁昭和63(う)746