整体師などの無免許業者が医師法違反で有罪となった事例はあるのか?

そんな質問をいただく。

報道されているのではこんなのが有る。

www.sankei.com

2016年11月9日の記事である。

 医師免許がないのに赤外線を照射して疾患が治るとうたい、治療費をだまし取ったとして、詐欺と医師法違反の罪に問われた高松市の治療院経営、藤原朝子被告(76)に対し、高松地裁(野村賢裁判官)は9日、懲役3年、執行猶予5年、罰金20万円(求刑懲役3年、罰金20万円)の判決を言い渡した。

 判決によると、藤原被告は平成26年12月~27年10月、医師免許を持たないのに、自身の治療院を訪れた5人に対し、赤外線を照射すれば運動障害のジストニアなどの疾患が治ると思い込ませて光線を当て、治療費として現金計約182万円をだまし取るなどした。

 野村裁判官は判決で「病気に苦しむ被害者につけ込む悪質な犯行」と断じた上で、被害者1人に治療費を返還していることなどから執行猶予付きとした。

ただ商用の判例データベースで医師法17条で調べても整体師などが直接医師法違反に問われた事例は無い。

鍼灸マッサージ師でもあるカイロプラクターが医師法違反で有罪になった事例*1は有るが、それはレントゲン写真の撮影や血液検査のための診察行為などが医師法違反とされ、カイロプラクティック施術そのものが医師法違反とされたわけではない。*2

 

しかし参考になる判決が無いわけではない。

指圧が医師法違反とされた最高裁判決が有り、その後の無免許施術はこの判例と同様の判断をしているから、以後の無免許施術が医師法違反で有罪になっても判例集に載らないのであろう。

判例集に載るためには新しい判断が示されることが必要である。

 

国家資格でない指圧が医師法違反とされた事例

タイトルの事件は下記の通り。

最高裁判所第三小法廷 昭和30年5月24日判決 昭和28(あ)3373

 所論は、原審が被告人の行為を医行為と判断した点を非難し、大審院判例に違反すると主張する。

所論の引用する大審院の各判例に通ずる「医業」または「医行為」の観念は、原判決の控訴趣意第一点及び第二点の(一)に対する判断の前段に説示するところをもつて相当するが、所論はこの点について被告人の施術方法は、単に患部につき指にて押え又は押すのみで一切投薬注射等を行わず、聴診器も例外とし使用するに止まるのであるから、原判決の判断は、所論引用の判例に違反するというのである。

しかし原審は破棄自判をしたのであるが、その「罪となるべき事実」の判示第一及びその(一)ないし(四)の事実と、前記控訴趣意に対する判断の中段以下にきわめて詳細に説示するところを合せ考えてみると、被告人の行為は、前示主張のような程度に止まらず、聴診、触診、指圧等の方法によるもので、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険がある程度に達していることがうかがわれ、このような場合にはこれを医行為と認めるのを相当としなければならない。

指圧は国家資格ではなかった。

この時期、昭和30年5月の時点では「指圧」は国家資格ではなかった。

指圧が国家資格となるのは同年8月12日での改正による。

法律第百六十一号(昭三〇・八・一二)

法律第百六十一号(昭三〇・八・一二)

  ◎あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法の一部を改正する法律

 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法(昭和二十二年法律第二百十七号)の一部を次のように改正する。

 第一条中「マッサージ」の下に「及び指圧」を加える。

ちなみに改正前の第1条は

第一条 医師以外の者で、あん摩(マッサージを含む。以下同じ。)、はり、きゆう又は柔道整復を業としようとする者は、夫々あん摩師免許、はり師免許、きゆう師免許又は柔道整復師免許(以下免許という。)を受けなければならない。

である。というわけで昭和30年8月改正で「あん摩(マッサージ及び指圧を含む。以下同じ。)」となるわけである。

昭和35年判決前だったので、治療などの目的を立証できれば医業類似行為としても処罰可能だったが、危険性を立証して医師法違反にした。

またこの判決は昭和35年判決の前である。なので疾病の治療や予防、保健の目的で施術したことを証明すれば医業類似行為、すなわちあはき法第12条違反での処罰も可能であった。

そこを保健衛生上の危険性を立証して医師法第17条違反として起訴、判決したわけである。

 

なので整体やカイロプラクティックなどの無免許施術が医師法違反になるかどうかの基準となる判例であり、この判例があるから整体師などが医師法違反で有罪になっても新規性が無く、判例集には掲載されないのである。

 

原審(控訴審)で認められた事実

原審は大阪高裁 昭和28年5月21日判決である。

なお右にいわゆる医行為とは人の疾病の治療を目的とし医学の専門知識を基礎とする経験と技能とを用いて、診断、薬剤の処方又は外科的手術を行うことを内容とするものを指称し、等しく人の疾病の治療を目的とするものであつて、たとえば按摩、鍼、灸等の如き療術は医業類似行為の範疇に属し、あん摩、はり、きゆう、柔道製復等営業法(昭和二二年法律第二一七号)による取締の対象となるが前示医行為とはならないものと解するを相当とする。

しかして有罪判決の罪となるべき事実は、刑罰法令に規定せられた犯罪構成要件に該当する事実をなるべく具体的に判示することを要するのであるから原判決のように被告人は医学博士亘繁又は亘医院副院長の名前を僣称し、不法に診察治療したものであると摘示しただけでは、診察治療の方法が具体的に説明せらていないので、果して被告人の所為が医師法第一七条の医業をなしたものに該当するのか、或いはあん摩、はり、きゆう、柔道整複等営業法第一二条の医業類似行為を業としたものに該当するのか、判文上からは明確を欠く憾あるを免れない。

と、あはき法第12条違反なのか、医師法第17条違反か、区別する必要性を判示している。で、

本件記録を査閲するのに、Aの検事に対する供述調書には同人は被告人から心臓が宿替しているといわれて鳩尾を激しく押されたため、乳の下がどきどきして、心臓が元の位置に戻つたかと思つた旨の供述記載があり、Bの司法巡査及び検事に対する各一回供述調書には、同人の娘Cは被告人の指圧治療を受けた際死んでもよいからやめてくれと苦痛を愬えた旨の供述記載があり、又Dの司法警察員に対する第二回供述調書と同人名義の昭和二七年二月七日附被害届書添付の診断書とによると、同人は被告人から眼球を指圧せられて異様な疾痛を覚え、又被告人の治療を受けた後身体が却つて悪くなつたように思われたので、最寄の医師の診断を受けると、左眼球結膜出血、左前胸部皮下出血、右背部筋肉圧傷等の傷害を受けていたことが認められ、更に原審第三回公判調書には証人亘繁の供述として、被告人の考案した方法はマツサージ按摩の類に似て非なる独特な方法で、交感神経を刺激してその興奮状態を調整するものであり、同証人は被告人と共同研究の形式で医学会においてその学理を発表したことがある旨の記載があり、且つ被告人も心臓弁膜症や貧血症の患者はこの療法に堪えない旨を自供しているのであつて、これらの事実を綜合すれば、被告人の治療方法は医師国家試験に合格し、厚生大臣の免許を受けた医師でない、医学上の知識と技能とを有しない者がみだりにこれを行うときは生理上の危険があり、所論掌薫療法(昭和六年一一月三〇日大審院第一刑事部判決、判例集第一〇巻六六六頁以下参照)や紅療法(昭和八年七月八日大審院第三刑事部判決、判例集一二巻一一九〇頁以下参照)の如きものとはその趣を異にするものであつて、むしろ蛭療法(昭和九年四月五日大審院第一刑事部判決、判例集一三巻三七七頁以下参照)同様外科手術の範囲に属する医行為であると認めるのが相当である。

内容を箇条書すると

  • Aは施術を受けて主観的な不安を訴えた。
  • Cは苦痛を訴えた。
  • Dは医師から、左眼球結膜出血、左前胸部皮下出血、右背部筋肉圧傷等の傷害と診断された。
  • 被告人の考案した方法はマツサージ按摩の類に似て非なる独特な方法で、交感神経を刺激してその興奮状態を調整するもの
  • 被告人も心臓弁膜症や貧血症の患者はこの療法に堪えない旨を自供している(禁忌症の存在)

といったところです。これらの事実から被告人の行為は医行為である、と判断しているわけです。

で、「罪となるべき事実」で

 医師でないのに、大阪市…において医院を開業している医学博士亘繁又は亘医院副院長という医師又はこれに類似した名称を用いて、聴診器(証第一号)による患部の診断並びに自己の指頭を患部に融れ交感神経等を刺激してその興奮状態を調整する方法による治療を行い、患者が名医であると誤信せるに乗じ治療費名義又は借金名義の下に金銭を騙取しようと企て、

 

その後、各個人に対する施術が述べられているが「前記方法による診断治療を行つた上」とそれぞれ書いてある。

 

「聴診器による患部の診断」というのは「診察」のような気もするが、「心臓が宿替しているといわれて」とあるから診断(健康状態についての告知)で良いのだろうか?

 

最高裁では「聴診、触診、指圧等の方法によるもので、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険がある程度に達している」と判示されている。

 

指圧の危険性のみで医行為であると判断しているならわざわざ「聴診、触診」と書く必要もなかろう。

また大審院判例では「診察をしないで治療行為のみをしまたは治療行為をしないで診察のみをするのも、医行為に属する。」と判示されている。*3

 

そんなわけで、聴診や触診自体が医行為である。

*1:東京地裁平成5年11月1日判決 平成3(特わ)1602 出典:D1-Law.com判例体系 28166751

*2:なお、「指圧」に整体やカイロなどが含まれるかどうかは議論が有る。なのであん摩マッサージ指圧師免許を持っていた被告人の、カイロ施術を医師法違反に問わなかったのは妥当だと思える。

*3:昭和8年7月31日判決/昭和8年(れ)809号 事件名 医師法違反被告事件 出典 大審院刑事判例集12巻1543頁法律新聞3625号13頁