NHK、ドキュメント72時間「“コリ”にまつわるエトセトラ」の何が問題なのか?

11月24日(金曜日)にNHKドキュメント72時間で「もみほぐし屋」が取り上げられている。

www4.nhk.or.jp

この番組に関し、あん摩マッサージ指圧師達が異議を述べているが、なぜ異議を述べているのか、書いていこうと思う。

なお、この記事の写真は録画したものをテレビで映したものをスマホで撮って編集したものである。

(2018/03/15 家電watchのツイートを追加)

 

 

前提知識

まず、私の記事が初めての方に前提の知識を説明する。

 すでに知識がある方は「番組の何が問題か?」から読んでいただいたほうが早いと思う。

法律

本来、業としてマッサージ(あん摩、指圧を含む)を行えるのは医師とあん摩マッサージ指圧師のみである。

これはあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下、あはき法)の第1条で定義される。

第一条 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。

で、他に第12条で医業類似行為というのが禁止されている。

第十二条 何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。

この医業類似行為、というのは何かといえば

疾病の治療又は保健の目的でする行為であって医師・歯科医師・あんま師・はり師・きゅう師又は柔道整復師等他の法令で正式にその資格を認められた者がその業務としてする行為でないもの 

 と判例で示されており、簡単に言えば法律で定められた免許の範囲外で行う治療や保健目的の施術行為(無免許施術)である。

つまり法的な免許制度のない整体やカイロプラクティックなどがあはき法第12条で禁止されている医業類似行為である。

最高裁判例

さて、あはき法第12条で医業類似行為が禁止され、医業類似行為の例として整体やカイロプラクティックを挙げた。

 

それだと町中にある整体やカイロプラクティックの店は何なのだ?という疑問が出てくるだろう。

これは昭和35年にあはき法第12条違反に関し、最高裁

法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない

最高裁大法廷 昭和35年1月27日判決 昭和29年(あ)2990号

と判示されたため、医業類似行為の禁止処罰には人の健康に害を及ぼすおそれを立証する必要が出てきたからである。

なので整体師やカイロプラクターは「人の健康に害を及ぼすおそれが無い」という建前で営業している。

そして整体師やカイロプラクターを名乗るのには何の資格も不要である。だから無免許業者と私は表現している。

あなたが整体師、カイロプラクターと名乗るは自由だし、売上が一定額以内であれば税務署への届出も不要である。

 

無免許施術(医業類似行為)による健康被害

さて、人の健康に害を及ぼすおそれが無い、という建前で営業している整体師などの無免許業者であるが、無免許施術による健康被害国民生活センターによって2012年に明らかにされる。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

そして無免許施術により子供が殺される事件も発生する。*1

www.sankei.com

 

また平成29年5月には消費者庁からも無免許施術による健康被害の報告書が出される。

 

法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に[PDF]

http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/consumer_safety_release_170526_0002.pdf

消費者庁には、「整体」、「カイロプラクティック」、「リラクゼーションマッサージ」などの法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術で発生した事故の情報が、1,483 件寄せられています(平成21年9月1日から平成29年3月末までの登録分)。そのうち、治療期間が1か月以上となる神経・脊髄の損傷等の事故が 240 件と全体の約 16%を占めています。 

 国家資格の有無をわかりやすく表示する必要性

国民生活センターは問題点として

消費者が施術所や施術者を選ぶ際に、施術所に国家資格であるあん摩マッサージ指圧師柔道整復師などの有資格者がいるかどうかを見分けることは困難である。

と書き、行政への要望として

消費者が、法的資格制度のあるあん摩マッサージ指圧若しくは柔道整復を行う施術所と法的資格制度のない施術を行う施術所を容易に見分けることができるよう、関係機関に注意喚起を行う等の対策を講じるとともに消費者に対する周知・啓発を行うよう要望する。

としている。

 

それに応じて厚生労働省は免許保有者証を作成し、国家資格の有無を見分ける方法を記したリーフレットを作成した。

www.mhlw.go.jp

 

また前掲の消費者庁の報告書においても

2) 情報を見極めて施術や施術者を慎重に選びましょう。
・ 施術には有資格のあん摩マッサージ指圧及び柔道整復もあり、あん摩マッサージ指圧の国家資格を持っている人は、資格証などで確認できます 。 

と国家資格の見分け方を書いている。

 

なお、無免許業者のこの点に関する実態であるが、

「医療行為(治療行為)ではありません」

とだけ書くことが多い。

これでは病院・診療所以外の手技療法に関して免許制度があることがわからず、自分たちが「無免許」ということもわざわざ書かずに済む、というわけである。

本来であれば

  • 手技療法にはあん摩マッサージ指圧師など、法律に基づいた国家資格があること。
  • 自分たちはそのような法定の免許を持っていないこと

の2点を表示するのが消費者に対しての誠実さであろう。

 

番組の何が問題か?

免許の必要なマッサージが治療行為のみであると誤解させる

民放などでは整体師などが取り上げられることもあり、今回の件で騒いでるのはNHKだから?という疑問もあるだろう。

それは否定しないが、今回の放送は免許制度に対する誤解を招きかねず、ひいては国民の健康を脅かし、犯罪者を生み出す手助けとなる内容であるために放置できないのである。

 

業務の紹介で、

コリをほぐすのはセラピストという人。

マッサージの国家資格は無いけれど、お店でレッスンを受け、お客さんを迎え入れる。

というナレーションとともに

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※もみほぐしはリラクゼーションであり治療行為ではありません

 「もみほぐしはリラクゼーションであり治療行為ではありません」とテロップで表示される。

 

マッサージの国家資格に言及しながら「治療行為ではありません」とテロップを出したら治療行為ではないマッサージには免許が不要だと解釈するのが普通ではないだろうか?

 

番組後半でも週末のマッサージを楽しみにしている、というお客さんの紹介に「もみほぐしは治療行為ではありません」というテロップがある。

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週末のマッサージが楽しみだそうです。

画面左上の拡大

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もみほぐしは治療行為ではありません

 

これでNHKはマッサージの国家資格に配慮したらしい。

 

しかしそれなら

「もみほぐしは国家資格が必要なマッサージとは異なる手技です」

と表示すべきである。

 

免許が必要なマッサージは治療行為に限定されない。

無免許業者の間には

「免許の必要なマッサージは治療行為のみに限られる」

という風説がまかり通っており、そのように教える資格商法業者や会社もあるようだ。

それを真に受けて、お客さんから免許制度に関して聞かれたときにはそのように答える無免許業者もいる。

しかしこれは嘘である。

旧厚生省が通達で免許が必要なあん摩*2の定義を示している。

 

・あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師の学校又は養成所等に在学している者の実習等の取り扱いについて(◆昭和38年01月09日医発第8-2号)

厚労省の通知リンクは中身が変わるので注意)

法第一条に規定するあん摩とは、人体についての病的状態の除去又は疲労の回復という生理的効果の実現を目的として行なわれ、かつ、その効果を生ずることが可能な、もむ、おす、たたく、摩擦するなどの行為の総称である。*3

 また裁判例においては

あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法一条にいう「あん摩」とは、慰安または医療補助の目的をもって、身体を摩さつし、押し、もみ、またはたたく等の行為を言う。*4

 というのがある。

「病的状態の除去」や「医療補助」というのが治療や症状の緩和であることは異論がないと思われる。

そして厚生省通知では「疲労の回復」、裁判例では「慰安」も目的に含まれるとしている。

 

これでも免許の必要なマッサージは医療や治療目的に限定される、という反論があるのであれば信頼に足るソースをご提示願いたい。

「治療行為ではありません」と表示しながら治療行為をしている

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腰がペキン

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首の痛み

このような主訴に対応するのは治療行為だと思うのは私だけでしょうか?

無免許業者によるこのような実態があるため、私はタトゥー裁判における被告人弁護団の「医行為は治療を目的にした行為に限定される」という主張は認めることができないし、実際大阪地裁では有罪判決が出ている(現在控訴中)。

binbocchama.hatenablog.com

お客さんがマッサージと認識している

この店でやっている行為が免許の必要なマッサージではなく、違う手技であり、その手技は人の健康に害を及ぼすおそれが無い、という建前であれば現行法、やむを得ない。

せめて手技療法に国家資格があり、見分け方をちゃんと説明するように求めるか、無免許業者の業務を取り上げないように求めるしか無い。

 

しかしマッサージであれば無免許で行っただけで禁止処罰の対象である。

判断としては下図のようなチャートである。

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手技療法の違法性判断チャート

無免許マッサージの禁止処罰には人の健康に害を及ぼすおそれの判断は不要である。

・いわゆる無届医業類似行為業に関する最高裁判所の判決について(◆昭和35年03月30日医発第247-1号)

通知が追加されますとリンク内容が変わります。

この判決(筆者注:前掲の最高裁判決)は、医業類似行為業、すなわち、手技、温熱、電気、光線、刺戟等の療術行為業について判示したものであって、あん摩、はり、きゅう及び柔道整復の業に関しては判断していないものであるから、あん摩、はり、きゅう及び柔道整復を無免許で業として行なえば、その事実をもってあん摩師等法第一条及び第十四条第一号の規定により処罰の対象となるものであると解されること。
従って、無免許あん摩師等の取締りの方針は、従来どおりであること。((○いわゆる無届医業類似行為業に関する最高裁判所の判決について
(昭和三五年三月三〇日)
(医発第二四七号の一各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)))

各手技もあん摩マッサージ指圧師の養成校で教えられる手技そのものである。動画が必要になるので解説は省略するが、押す、揉む、さする、叩く、といった行為があったのは番組を見てた方であれば同意していただけると思う。

 

ただ前掲のように週末のマッサージを楽しみにしていると言ってたお客さんの他にもマッサージと認識しているお客さんを放送している。

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持たれる方法の一つがマッサージ

 

このように一般の方の認識でも「マッサージ」である。

もはや無免許マッサージと断定せざるを得ない。

(2018/03/15追記)

(追記終わり)

 

番組の問題点

  1. 免許の必要なマッサージを治療目的のみと誤解させること。
  2. 違法行為である無免許マッサージ業務を真っ当な業務のごとく放送し、視聴者に違法業務を合法な業務のように誤解させかねない内容であること。
  3. 1、2に伴い、消費者が適切な手技療法等を選ぶのを妨げ、健康被害を招くおそれがあること。
  4. 1、2に伴い、違法な無免許マッサージに従事する人を増やすおそれがあること。

取り上げられたお店のツイートなど

この番組で取り上げられたのはりらくる東浦和店だそうだ。

りらくる自身のサイトで書いてある。

りらくる東浦和店でNHK総合テレビのTV番組「ドキュメント72時間」の取材をしていただきました! | りらくる

 お客さんが「マッサージ」と書いているのに訂正しない

 作成されたまとめには「マッサージ店」と書かれている。

togetter.com

 

 

 

 

 

 自分で「マッサージ」と書いているりらくる従業員

 

りらくる 武蔵新城店 | りらくる

 

 

りらくる 代々木駅前店 | りらくる

 

 

りらくる 長居店 | りらくる

 

これでもりらくるは無免許マッサージではない、と主張されるのでしょうか?

 

あとNHKの健康に関する誤った報道と言えばこんなのがあります。

 

togetter.com

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20170222/index.html

*1:業務上過失致死傷罪と殺人罪の違いぐらいは理解してます

*2:昔はあん摩のみで、その後マッサージと指圧が追加された。

*3:○あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師の学校又は養成所等に在学している者の実習等の取り扱いについて
(昭和三八年一月九日)
(医発第八号の二各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)

*4:清水簡易裁判所昭和34年10月7日判決 昭和34年(ろ)50号
下級裁判所刑事裁判例集1巻10号2144頁