タトゥー無罪判決を読んで

タトゥーの彫師が大阪地裁で医師法違反の有罪判決を受け、大阪高裁で逆転無罪判決を受けたのは報道の通りである。

裁判所サイトに控訴審の判決文が掲載されたので思う所を書いていく。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88172

 --(2020/09/20追記)---

検察による最高裁への上告が令和2年9月16日付けで棄却された。

binbocchama.hatenablog.com

---(追記終わり)---

 

 

 

本文だが、まず第1に「本件公訴事実及び原判決の判断」、第2に「本件控訴の趣意及び主張の概要」、第3に「当裁判所の判断」、第4に「結論」とある。

裁判所の判断を見るには第3を読めば良い。

判決文のPDFでは16ページ目からになる。

 判決文を読む場合、当事者の主張と裁判所の判断を区別して読まないと、当事者の主張を判例と誤解しかねないので注意が必要である。*1

 

で、

当裁判所は,医業の内容である医行為については,保健衛生上の危険性要件のみならず,当該行為の前提ないし枠組みとなる要件として,弁護人が主張するように,医療及び保健指導に属する行為であること(医療関連性があること),従来の学説にならった言い方をすれば,医療及び保健指導の目的の下に行われる行為で,その目的に副うと認められるものであることが必要であると解する。

と判断しているわけである。

 

 

医療及び保健指導

判決文より

 医師法は,医療関係者の中心である医師の身分・資格や業務等に関する規制を行う法律であるところ,同法1条は,医師の職分として,「医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保するものとする」と規定している。

すなわち,医師法は,「医療及び保健指導」という職分を医師に担わせ,医師が業務としてそのような職分を十分に果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的としているのである。

この目的を達成するため,医師法は,臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して,医師として具有すべき知識及び技能について医師国家試験を行い,免許制度等を設けて,医師に高度の医学的知識及び技能を要求するとともに,医師以外の無資格者による医業を禁止している。

医師の免許制度等及び医業独占は,いずれも,上記の目的に副うよう,国民に提供される医療及び保健指導の質を高度のものに維持することを目指しているというべきである。

 以上のような医師法の構造に照らすと,医師法17条が医師以外の者の医業を禁止し,医業独占を規定している根拠は,もとより無資格者が医業を行うことは国民の生命・健康にとって危険であるからであるが,その大きな前提として,同条は,医業独占による公共的な医師の業務の保護を通じて,国民の生命・健康を保護するものである,言い換えれば,医師が行い得る医療及び保健指導に属する行為を無資格者が行うことによって生ずる国民の生命・健康への危険に着目し,その発生を防止しようとするものである,と理解するのが,医師法の素直な解釈であると思われる。

そうすると,医師法17条は,生命・健康に対して一定程度以上の危険性のある行為について,高度な専門的知識・技能を有する者に委ねることを担保し,医療及び保健指導に伴う生命・健康に対する危険を防止することを目的としているとする所論の指摘は,正当である。

したがって,医師は医療及び保健指導を掌るものである以上,保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であっても,医療及び保健指導と関連性を有しない行為は,そもそも医師法による規制,処罰の対象の外に位置づけられるというべきである。

美容整形

医行為を治療目的に限定したら、美容整形はどうなるのよ?というのが今回の事件の当初から言われていた。そんな疑問に対して

① 美容整形は,一般に,身体外表の正常部位や老化の現れた部位に対して,外科手術等を施し,より美しくさせ,あるいは若返らせることによって,形態や容姿が原因となる精神的負担を軽減し,個人を社会に適応させる形成外科の一分野といわれ,昭和53年の医療法改正により,診療標榜科名として「美容外科」が追加されている。

(略)



 ところで,医療とは,現在の病気の治療と将来の病気の予防を基本的な目的とするものではあるが,健康的ないし身体的な美しさに憧れ,美しくありたいという願いとか醜さに対する憂いといった,人々の情緒的な劣等感や不満を解消することも消極的な医療の目的として認められるものというべきである。

美容整形外科手術等により,個人的,主観的な悩みを解消し,心身共に健康で快適な社会生活を送りたいとの願望に医療が応えていくことは社会的に有用であると考えられ,美容整形外科手術等も,このように消極的な意義において,患者の身体上の改善,矯正を目的とし,医師が患者に対して医学的な専門的知識に基づいて判断を下し,技術を施すものである。

 

 以上からすると,美容整形外科手術等は,従来の学説がいう広義の医行為,すなわち,「医療目的の下に行われる行為で,その目的に副うと認められるもの」に含まれ,その上で,美容整形外科手術等に伴う保健衛生上の危険性の程度からすれば,狭義の医行為にも該当するというべきである。したがって,医業の内容である医行為について医療関連性の要件が必要であるとの解釈をとっても,美容整形外科手術等は,医行為に該当するということができる。

と判示している。

私は医業類似行為(無資格施術)の禁止を求めるものであるが、医業の目的に美容が含まれるという解釈が示された以上、無資格者による美容目的の施術は医業類似行為でもある、と解釈できよう。

とりわけ美容整体などと称している宣伝を見ると、その原因が骨盤の歪みとし、骨盤矯正を行う、としているのもある。

また小顔矯正と宣伝して景品表示法の命令が出たこともある。

消費者庁:小顔になる効果を標ぼうする役務の提供事業者9名に対する景品表示法に基づく措置命令について[PDF]

どちらにせよ美容整体というのは「患者の身体上の改善、矯正」を目的にしているわけである。

これはエステにも当てはまるだろう。

疲労回復(リラクゼーション)

さて、今回の判決では「医療及び保健指導」に関する行為が医療関連性のある行為と言えるが、疲労回復を目的にした行為は治療でなくても保健の範疇だろう。

実際、健康食品では疲労回復の効果を表示できず、医薬品でなければ疲労回復の効果を表示でできない。*2

 

またリラクゼーションの業界団体のカウンターパートの役所は経済産業省のヘルスケア産業課だそうだ。

ヘルスケアであって保健ではない、ということも無いと思う。

binbocchama.hatenablog.com

 

保健衛生上の危険性要件

 検察官や原判決は,保健衛生上の危険性要件のみで足りるという解釈に基づき,本件行為はこの要件を満たすから医行為に当たると結論づけている。確かに,後にみるように,本件行為が保健衛生上の危険性要件に該当することは否定し難い。

とタトゥー施術が保健衛生上の危険性要件に該当することを認め、

しかしながら,現代社会において,保健衛生上の危害が生ずるおそれのある行為は,医療及び保健指導に属する行為に限られるものではなく,これとは無関係な場面で行われる行為の中でも,いろいろと想定される。

そういう状況の下で,医師法17条の医行為を「医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為」という要件のみで判断する場合,その危害防止に医学的知識及び技能が求められるか否かの判断が決定的に重要な意味を持つこととなるが,この要件は,理容行為等について本件当事者間でも見方を異にしていることにも表れているように,必要とされる医学的知識及び技能並びに保健衛生上の危害についての捉え方次第で判断が分かれ得るという意味で,一定の曖昧さを残していることは否定できない。

と目的を限定せずに保健衛生上の危険性のみで医師法違反を判断する場合、曖昧さが残る、と指摘している。

そのうえで、

そうすると,保健衛生上の危険性要件の他に,大きな枠組みとして医療関連性という要件も必要であるとする解釈の方が,処罰範囲の明確性に資するものというべきである。

と判示している。

 

医行為の定義としては本判決文でも引用されている最高裁判決では

被告人の行為は、前示主張のような程度に止まらず、聴診、触診、指圧等の方法によるもので、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険がある程度に達していることがうかがわれ、このような場合にはこれを医行為と認めるのを相当としなければならない。 

 と判示している。

ちなみにこの最高裁判決当時、指圧はあはき法第1条の免許には入っておらず、指圧が免許の業務となるのは昭和30年の改正でである。

そしてこの最高裁判決も昭和30年であるが、指圧が第1条に含まれる前である。そして昭和35年判決はまだ無い。

なので「人の健康に害を及ぼすおそれ」を証明しなくてもあはき法第12条違反で処罰することも可能であった。

そこを医師法第17条違反で起訴した、ということは保健衛生上の危険性を認識し、立証可能であると検察は判断し、裁判所もそれを認めた、ということである。

あはき法第12条違反は罰金刑のみであるが、この事件では医師法第17条違反として、懲役1年の実刑判決となっている。*3

 

医行為を認定するに当たり、どの程度の医学的知識・技能が安全性に必要とされるか?という問題は確かにある。

義務教育では習わない、身体の仕組みや疾病の知識が必要であれば医行為とすべき(A案)か、それとも医学部で習うような高度の知識が必要な場合のみに医行為と認定すべき(B案)か。

 

今回の判決は医療関連性がある場合、A案であり、医療関連性が無ければ医師法違反には問えない、ということになるだろう。

 

世間の多数はB案で考えていると思われる。

それは法的な資格制度が無いカイロプラクティック業界の声明などから判断できる。

 カイロ業界の認識

日本では整体師やカイロプラクターと名乗るのに法的な資格は不要である。

会員はWHO基準の教育を受けていると称している、一般社団法人日本カイロプラクターズ協会(JAC)は消費者庁の「法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に」という報告書に対し、下記ページで見解を示している。

www.jac-chiro.org

上記見解から引用する。強調などは筆者による。

(2) 禁忌対象疾患の認識
  禁忌対象疾患を評価する知識は教育背景により大きく異なります。厚生労働省医政局医事課へ登録者名簿を提出している日本カイロプラクティック登録機構(JCR)はWHO指針の教育課程を履修したカイロプラクターの試験及び登録制度を実施しています。  JCR登録者は禁忌対象疾患の知識を有しているため、安全対策として消費者にカイロプラクティックを受診する際は「JCR登録者」を選択するよう勧告することが望ましいです。

 JCRというのは事務局がJACの事務局内にあり、事実上、JACと一体化している組織である。*4

 

「禁忌対象疾患を評価する知識」、「禁忌対象疾患の知識」というのは広い意味で医学的知識と言える。

 

(3) 一部の危険な手技の禁止
  三浦レポートでは危険な手技として「頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法」が挙げられていますが、具体的な方法の定義が不明確です。またカイロプラクティックの主要な施術法であるアジャストメント(スラストを利用した手技)が危険であることを示す客観的な統計調査の裏付けはなく、頸椎マニピュレーションによる事故の発生頻度は医療事故の発生頻度に比べるとはるかに低いことが文献から明らかです。 カイロプラクティック治療の危険性は施術者の教育背景により大きく変わることを認識しなければなりません。

 

医療事故の発生頻度に比べると頚椎マニピュレーションによる事故の発生頻度ははるかに「低い」そうだが、法的な免許を持たないものに許される行為は「人の健康に害を及ぼすおそれの無い行為」であるから、事故の発生は「絶対無い」が原則である。

医療事故と比べて発生頻度が「低い」としても、事故が発生しているのであればそれこそ違法施術である。

 

と今回の判決の解説から脱線してしまったが「カイロプラクティック治療の危険性は施術者の教育背景により大きく変わる」と自ら述べている。

 

他にもJAC会員の教育内容や知識の高さを示して、他のカイロプラクターや整体師などと区別してくれという旨が書いてある。

 

 そういうわけでJAC自身、保健衛生上の危険性と医師法違反に関してはB案と考えているのであろう。

あるいは知識や技能などの能力があれば医師法違反にはならないと。

ただし、能力があれば医師法違反にならない、という解釈が誤りであることは、タトゥー弁護団が引用したコンタクトレンズに関する医師法違反事件の控訴審*5

 まず、所論は、原判決は、医師法一七条において医師資格を有しないものが業として行うことを禁じられている医行為について、これを「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解し、被告人と共謀したAの行った検眼、コンタクトレンズ着脱、コンタクトレンズ処方等の各行為をこの意味における医行為に該当するとしたが、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為などというものは世の中に存在せず、ある行為から右危害を生ずるか否かはその行為に関する技能に習熟しているかどうかによって決まるのであって医師資格の有無に関係しないとして、医師法に関する原判決の前記のような解釈は社会の実態を無視した恣意的な解釈である、と主張する。

 そこで検討するに、医師法は、医師について厚生大臣の免許制度をとること及び医師国家試験の目的・内容・受験資格等について詳細な規定を置いたうえ、その一七条において「医師でなければ医業をしてはならない」と定めているところからすれば、同法は、医学の専門的知識、技能を習得して国家試験に合格し厚生大臣の免許を得た医師のみが医業を行うことができるとの基本的立場に立っているものと考えられる。

そうすると、同条の医業の内容をなす医行為とは、原判決が説示するように「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と理解するのが正当というべきであって、これと異なる見解に立つ所論は、独自の主張であって、採用の限りでない

と判示されていることからも明らかである。

自らの施術の安全性を訴えるために無資格者が、自らが受けた教育や医学的知識・技能を主張するのであれば、医師法違反を自白するのに等しい。

ましてや目的が医療関連性がある場合においてをや。

保健衛生上の危険性の基準の明確化

そんなわけで、今回の判決により医師法違反に問われる保健衛生上の危険性の基準が明確化されたと私は考える。 

 

もっとも富士見産婦人科病院事件の保健師助産師看護師法違反事件*6では

医師が無資格者を助手として使える診療の範囲は、おのずから狭く限定されざるをえず、いわば医師の手足としてその監督監視の下に、医師の目が現実に届く限度の場所で、患者に危害の及ぶことがなく、かつ、判断作用を加える余地に乏しい機械的な作業を行わせる程度にとどめられるべきものと解される。

とあるので、無資格者による、判断作用を伴う行為は違法行為(医師法第17条、保助看法31条、あはき法第12条違反)とすでに言える状態ではある。

しかし医療関連性の無い行為までこの基準を広げると色々支障が出そうではある。

例えばスポーツのコーチが競技のために選手の身体について判断するのは医行為か?など。

 

医行為を医療関連性のある行為に限定した場合、このような問題は生じにくいと思われる。

もっとも健康目的でスポーツジムに行ってる場合にはまた別の判断になると思うが。

「身体上の改善、矯正」が目的なら医行為と判断すべきだろう。

 

上告の行方(上告は棄却されました)

 

binbocchama.hatenablog.com

 

大阪高検はこの無罪判決を不服として最高裁に上告したことが報道されている。

最高裁の判断としては

  • 控訴審の判断を肯定して上告棄却(無罪確定)
  • 従来どおり、保健衛生上の危険性のみで判断し、控訴棄却、第1審の有罪判決の確定
  • 目的が限定されることを肯定しつつも、目的要件は異なるとして破棄差戻しまたは破棄自判

といったところが考えられる。

3番目の異なる目的要件だが、私は医行為に目的が必要としても薬機法の医薬品や医療機器の定義である、「疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすこと」を目的に定義されると考えていた。

よって、タトゥー施術は身体の構造に影響を及ぼす行為であり、保健衛生上の危険性もあるから有罪判決が維持されると考えていたのである。

なので無罪判決は予想外であった。

 

仮に危険性要件だけで医行為性を判断し、原審破棄するとしても、美容目的が医療関連性を有する、という考えまで否定はしないだろう。

裁判所にその考えを示させた、という点では美容目的施術を医業類似行為として規制したい我々にとって有意義だったし、弁護団に寄付した成果としては十分なものである。

 

なお、コンタクトレンズに関する医師法違反事件及び富士見産婦人科病院事件は両方とも下級審判決(裁判例)である。

それらの判決文を某役所に提示しても「個別事案です。」とあしらわれるのである。

これが判例と裁判例の重みの違いである。

これらの裁判例の判示内容は結局の所、指圧の医師法違反事件の最高裁の判示内容に包含されるので、上告審で判断を示さなくても良い、と判断されたのだろうが。

 

できればそこらへんの基準を最高裁で直接判示してほしいものである。

*1:しかし、民事裁判の場合は当事者が主張していないことを判決の根拠にしてはいけない(弁論主義)ので、おかしな判決のときは当事者がちゃんとした主張をしているかどうかを確認することも大事である。
例えば加持祈祷治療料金の返金を求めた事件である、名古屋地裁 昭和54年(ワ)2242号では「認定した被告の療術行為が医師法一七条で禁止されている医業の内容である医療行為に当たるとは認められず、またあん摩師・はり師・きゆう師及び柔道整復師法一二条で禁止されている医業類似行為に当たるものとも認められない。」と判示しているが、原告被告ともに、被告の療術行為が医行為や医業類似行為であるとは主張していない。
仮に裁判所が被告の療術行為を医業類似行為と認定して返金を命じる判決を出せば弁論主義に反する判決として、控訴審では破棄差戻しを受ける可能性がある。原告代理人である弁護士に、医業類似行為という概念を示すために、わざわざ書いた判決と思われる。
この事件は控訴されたが、和解があったのか、控訴審の判決文は判例データベースでは探せなかった。
おそらく医業類似行為という概念を知った原告側代理人が、薬事法などの判例を示し、被告の療術行為は医業類似行為であり、違法行為であるから公序良俗に反するとして、全額返金を受けたのではないかと推測される。

*2:

http://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/pdf/160630premiums_9.pdf 7ページ目

*3:大阪高等裁判所 昭和28年05月21日判決

*4:住所は一般社団法人日本カイロプラクターズ協会事務局内となっている。

日本カイロプラクティック登録機構《組織紹介》

*5:

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail3?id=20209

*6:東京高裁平成元年2月23日判決 昭63(う)746
判例タイムズno.691 1989.5.15 p152 東京高裁(刑事)判決時報40巻1〜4号9頁