弁護士がキャンセル料の回収代行を行なうノーキャンドットコム【美容版】というサービスができた。
元々は飲食店のキャンセル料回収代行サービスだったのだが、美容系業者の要望が多かったことにより、美容版が作られた。
対象業種としては
Q. 対応の業種はなんですか?
A. 美容院、サロン、エステ、ネイル、マツエク、マッサージ等、美容関連業種全般になります。
とあり、「マッサージ等」とある。
私の記事を初めて読む方に説明すると、業としてマッサージを行うにはあん摩マッサージ指圧師という免許が必要である。
この「マッサージ等」が無免許マッサージである場合、違法施術であり、施術契約そのものが公序良俗に反し無効である。
また整体やカイロは免許制度というものは無く、誰でも名乗ることができる。*1
そして整体やカイロなどの店が美容を目的にした施術を提供している場合もある。
これらの店が医師法第17条やあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき法)第12条に違反する施術を行っている場合も公序良俗に反して無効である。
無効な施術契約のキャンセル料の回収を弁護士が行なうというのであれば消費者問題として放置もできまい。また無免許での美容施術を合法と考えた場合でも消費者契約法上の問題があると考えた。
この記事はその辺の疑問点、問題点を摘示することが目的である。
なお、
- 美容師免許を持った者が免許の範囲内の業務を行う美容室、マツエク*2
- 爪を染めるだけのネイル店
は特に問題はないと思う。それらの店のメニューに無免許マッサージや医業類似行為があれば別ではあるが。
サービス運営責任者の弁護士から、免許の確認について回答がない。
私がこのサービスのローンチを知ったのは運営責任者である北周士弁護士のツイートである。
ノーキャンドットコムを運営していたところ「美容院・サロン」に関するドタキャン料金の回収の要望がものすごく多かったので「ノーキャンドットコム美容版」を開始しました。美容院やエステにおいてノーショーが発生してしまったときのキャンセル料金の請求サービスになりますhttps://t.co/eamb4tOowe
— ノースライム (@noooooooorth) 2019年12月23日
で、私は以下の質問をしている。
対応業種に「マッサージ等」とありますが、あん摩マッサージ指圧師の免許及び保健所への届け出の確認は行っているのでしょうか?
— びんぼっちゃま@インディーズ医療法学者 (@binbo_cb1300st) 2019年12月23日
無免許マッサージであれば施術契約自体が公序良俗違反で無効かと思いますので。
この記事を書いている時点で北弁護士からの回答は無い。
確認しているのであれば即座に回答できると思う。
あるいはフォローしているアカウント以外からの@は通知しない設定にしているのか。
美容目的のマッサージやエステにあん摩マッサージ指圧師の免許は必要か?
美容鍼灸との対比
対応業種として「美容関連業種全般」と書かれており、治療や保健目的とは書かれてない。しかし美容鍼灸(ノーキャンドットコムでは対象業種に例示していないが)に、鍼灸師(正確にははり師、きゅう師)の免許が必要なことに異論は無いだろう。
この論理でいけば美容目的のマッサージを業として行なうにもあん摩マッサージ指圧師の免許と、保健所への届け出が必要なはずである(あはき法1条、9条の2)。
免許が必要なマッサージの定義
旧厚生省は免許が必要なあん摩(マッサージ指圧)の定義として
法第一条に規定するあん摩とは、人体についての病的状態の除去又は疲労の回復という生理的効果の実現を目的として行なわれ、かつ、その効果を生ずることが可能な、もむ、おす、たたく、摩擦するなどの行為の総称である。*3
としている。
第一条にいう「あん摩」とは、慰安または医療補助の目的をもって、身体を摩さつし、押し、もみ、またはたたく等の行為と解すべき
(略)
第二、つぎに、法第一条によると、あん摩師を「業とする」ためには、免許を受けなければならないと規定されている。ところで「身体を摩さつし、押し、もむ」する等のいわゆるあん摩術が医行為に属し、これらの業務は、とにかく医業と密接な関係にあって、人の生命、身体に及ぼす影響も大きい点があることに鑑み、国は保健衛生上の見地から、かかる業務に従事することを一般的に禁止し、特に免許を受けた者のみが、自由になしうることを規定したものと解せられる。
と慰安の目的で行なう施術も免許が必要なあん摩(マッサージ指圧)に含まれるとしている。
美容が「病的状態の除去」「医療補助」の目的に含まれれば美容目的のマッサージはあん摩マッサージ指圧師の免許が必要と言えるだろう。
よくエステなどではデトックス(解毒)を唄っているが、解毒ならまさに「病的状態の除去」であろう。よくあるリンパドレナージュも、リンパ液が下肢に滞留している状態(浮腫)は「病的状態」とも言え、それを解消するというのは「病的状態の解消」「医療補助」と言えるだろう。
また某マッサージ会社の社長さんが弁護士に検討させた結果、エステはあん摩マッサージ指圧師免許が必要な業務である、というレターを貰ったそうである。
そのレターを見てないので、どのような論理構成でそういう結論にいたったのかはわからないが。
美容整形は医療関連性がある行為である。
タトゥーの彫師が医師法違反に問われた事件の控訴審では美容整形に関し、
美容整形外科手術等により,個人的,主観的な悩みを解消し,心身共に健康で快適な社会生活を送りたいとの願望に医療が応えていくことは社会的に有用であると考えられ,美容整形外科手術等も,このように消極的な意義において,患者の身体上の改善,矯正を目的とし,医師が患者に対して医学的な専門的知識に基づいて判断を下し,技術を施すものである。
以上からすると,美容整形外科手術等は,従来の学説がいう広義の医行為,すなわち,「医療目的の下に行われる行為で,その目的に副うと認められるもの」に含まれ,その上で,美容整形外科手術等に伴う保健衛生上の危険性の程度からすれば,狭義の医行為にも該当するというべきである。したがって,医業の内容である医行為について医療関連性の要件が必要であるとの解釈をとっても,美容整形外科手術等は,医行為に該当するということができる。
と判示している。現在、検察が最高裁に上告しており、この内容は確定したものでは無いが、美容目的で、身体上の改善、矯正をする施術は医療関連性のある行為と言える可能性は出てきたわけである。
その点、タトゥーやネイルアートは身体上の改善、矯正を目的としないので、この判決の考えでは医療関連性のある行為とは言えない。
マッサージ以外の美容目的施術
美容整体や美容カイロといった役務が存在することは前述のとおり。
本来、医療関連性のある施術を、国家資格を持たない者が行なうことは医業類似行為として禁止処罰の対象である(あはき法第12条)。
しかし最高裁はその禁止処罰に際し、人の健康に害を及ぼすおそれのある行為に限局されるとした(業界では昭和35年判決と呼んでいる)。
そのため、人の健康に害を及ぼすおそれが無い、という建前で、整体やカイロは営業しているのである。
しかし実際には整体やカイロなどの、無免許での施術による健康被害は多数報告されている。
[PDF]消費者庁:法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に
このような健康被害をもたらす元凶が昭和35年判決であり、この判例の維持は現代では相当でないと言える。
そして美容目的の施術が医療関連性を有するのは前述のとおりである。
よって無免許での美容目的の施術は現代では違法行為と言える。そして違法な施術契約は公序良俗に反する契約であるから無効である。
そのような違法営業の保護を裁判所に求めることも公序良俗に反する行為である。
なので、私がキャンセル料の請求を受けた消費者なら放置します。
金の問題が無ければ逆に債務不存在確認訴訟を起こし、判例変更を求めます。
弁護士がキャンセル料請求の文書を送って、債務不存在確認訴訟を起こされたら「確認の利益が無い」というわけにはいくまい。
消費者契約法上の問題
まあ、現行判例下では美容目的の施術を違法とは断定できないわけです。
しかし現行判例を肯定したとしてもエステなどの美容目的施術には消費者契約法上の問題が残っています。
[PDF]消費者庁リーフレット「不当な契約は無効です!-早分かり!消費者契約法ー」(平成31年2月)
消費者契約法上、下記の原因などがあれば契約を取り消せることになっております。
- 不実告知
- 不利益事実の不告知
- 断定的判断の提供
- 不安をあおる告知
不実告知
事業者の行為として、第一に、不実告知(重要事項について事実と異なることを告げること)(第1項第1号)を規定している。
「重要事項について事実と異なることを告げること」
「事実と異なること」とは、真実又は真正でないことをいう。真実又は真正でないことにつき必ずしも主観的認識を有していることは必要なく、告知の内容が客観的に真実又は真正でないことで足りる。
とあります。
これは客観的に事実でなければ良く、故意である必要はありません。
で、美容目的の施術に関しては
消費者庁:小顔になる効果を標ぼうする役務の提供事業者9名に対する景品表示法に基づく措置命令について[PDF]
と、優良誤認表示で措置命令が出ていたりします。
消費者庁は、平成28年6月28日及び同月29日、小顔になる効果を標ぼうする役務(以下「小顔サービス」という。)を提供する事業者9名(以下「9名」という。)に対し、景品表示法第7条第1項の規定に基づき、措置命令(別添1~9参照。)を行いました。
9名が供給する小顔サービスに係る表示について、景品表示法に違反する
行為(表示を裏付ける合理的根拠が示されず、同法第7条第2項の規定により同法第5条第1号(優良誤認)に該当)が認められました。
医療系免許も持たず、解剖学の知識も無い人々のようで、故意ではなかったのでしょう。
しかし客観的に虚偽の内容を謳っていれば不実告知にも該当するわけです。
無免許でのエステ業者などは無知による不実告知が多いと思われます。
例えばこんな具合に。
また消費者契約法では不実告知の対象となる重要事項について
5 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第三号に掲げるものを除く。)をいう。
(略)
三 前二号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情
とあります。
逐条解説の91ページめでは
〔事例4-59〕
真実に反して「このままだと2、3年後には必ず肌がボロボロになるので、この化粧品が必要」と言われ、化粧品を購入した。
〔考え方〕
肌がボロボロになるという「身体」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である化粧品が「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが・・・通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当するので、消費者は化粧品を購入する意思表示を取り消すことができる。
とある。
骨盤の歪みを放置していると腰痛や肩こりになる、という宣伝文句を見たことはありませんか?
そういうのがエステ業界で無いか?と言われるとどうですかね?
宿便を放置していると毒素が腸から吸収されて、肌が荒れ、息が臭くなります!
なので腸もみでデトックス!
なんて広告を見たことありませんか?
そんな謳い文句をぐぐったらニセ医学だった!ってケースは多いかと思います。
そんな業者に不審を抱いた場合、無断キャンセルをしたって仕方ないかと思う。
振り込め詐欺だって、電話を留守電にして犯人と会話するな!という対策を勧めているわけです。
キャンセルのために電話したらまた丸め込まれるのではないか?と警戒してもおかしくないわけです。
顧問弁護士をしていて、依頼してきたエステ店でそのような違法な勧誘・広告が行われてないと確認しているのであればともかく、勧誘・広告の状況も確認せずにキャンセル料回収をしているなら倫理上問題ではないか?と思うわけです。
契約する際、なにかチェックはされているのかもしれませんが。
そんなわけで消費者保護の観点からも、美容院やネイルサロンなど、健康問題とは無関係と言える業務だけにしておいた方が無難かと思うわけです。
このヘアスタイルにしなかったら体がおかしくなる、と不安を煽る美容院も無いでしょうし。

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*1:後述するように、本来は法律で禁止されているが、最高裁判決により人の健康に害を及ぼすおそれが無い限りは禁止処罰の対象外としている。
*2:まつ毛エクステンションは「美容」に該当し、美容師免許が無ければ業として行えない。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124086.html
*3:○あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師の学校又は養成所等に在学している者の実習等の取り扱いについて 昭和三八年一月九日 医発第八号の二各都道府県知事あて厚生省医務局長通知