栃木の祈祷師による殺人事件:1型糖尿病の児童に対する医療ネグレクトと、このような「治療」行為が放置されている原因

1型糖尿病の児童に対するインスリンの不投与を指示したとして殺人罪に問われた祈祷師(医療系の免許は持っていない。)に対する最高裁の決定(上告棄却)がされた。

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 栃木県で2015年4月、治療と称して1型糖尿病を患う男児(当時7)にインスリンを投与させず衰弱死させたとして、殺人罪に問われた建設業近藤弘治(ひろじ)被告(65)=同県下野(しもつけ)市=の上告審で、最高裁第二小法廷(草野耕一裁判長)は被告側の上告を退けた。

決定文が裁判所サイトで公開されている。

最高裁判所第二小法廷 令和2年8月24日決定 平成30(あ)728

直リンクだと見れない場合が有るので、そのときは裁判所サイトで、事件番号などで検索してみてください。

 

認定事実

最高裁決定文より。青字は被告人の言動である。

(1)被害者と1型糖尿病の説明

(1) 被害者(平成19年生)は,平成26年11月中旬頃,1型糖尿病と診断され,病院に入院した。

1型糖尿病の患者は,生命維持に必要なインスリンが体内でほとんど生成されないことから,体外からインスリンを定期的に摂取しなければ,多飲多尿,筋肉の痛み,身体の衰弱,意識もうろう等の症状を来し,糖尿病性ケトアシドーシスを併発し,やがて死に至る。現代の医学では完治することはないとされるが,インスリンを定期的に摂取することにより,通常の生活を送ることができる。

(2)被告人に関することと、治療を受ける経緯

(2) 被害者の退院後,両親は被害者にインスリンを定期的に投与し,被害者は通常の生活を送ることができていたが,母親は,被害者が難治性疾患である1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受け,何とか完治させたいと考え,わらにもすがる思いで,非科学的な力による難病治療を標ぼうしていた被告人に被害者の治療を依頼した。

被告人は,1型糖尿病に関する医学的知識はなかったが,被害者を完治させられる旨断言し,同年12月末頃,両親との間で,被害者の治療契約を締結した。

被告人は,その頃,母親から被害者はインスリンを投与しなければ生きられない旨説明を受けるなどして,その旨認識していた。

被告人による治療と称する行為は,被害者の状態を透視し,遠隔操作をするなどというものであったが,母親は,被害者を完治させられる旨断言されたことなどから,被告人を信頼し,その指示に従うようになった。

被告人は,被害者の治療に関する指示を,主に母親に対し,メールや電話等で伝えていた。

 

こんな被告人の指示に従うこと自体、アホくさい、両親も同罪だ、という意見を見かけるが、窮地に陥り、精神的に弱っているとこんなものである。

だから無免許治療を放置してはならないのだが、後述するように、何の医療系免許を持たない者が治療を謳っていても、取り締まることができないのである。

(3)指示の誤りを認めず。悪化はインスリン投与のせいと主張。

(3) 被告人は,平成27年2月上旬頃,母親に対し,インスリンは毒であるなどとして被害者にインスリンを投与しないよう指示し,両親は,被害者へのインスリン投与を中止した。

その後,被害者は,症状が悪化し,同年3月中旬頃,糖尿病性ケトアシドーシスの症状を来していると診断されて再入院した。

医師の指導を受けた両親は,被害者の退院後,インスリンの投与を再開し,被害者は,通常の生活に戻ることができた。

しかし,被告人は,メールや電話等で,母親に対し,被害者を病院に連れて行き,インスリンの投与を再開したことを強く非難し,被害者の症状が悪化したのは被告人の指導を無視した結果であり,被告人の指導に従わず,病院の指導に従うのであれば被害者は助からない旨繰り返し述べるなどした。

このような被告人の働きかけを受け,母親は,被害者の生命を救い,1型糖尿病を完治させるためには,被告人を信じてインスリンの不投与等の指導に従う以外にないと一途に考え,被告人の治療法に半信半疑の状態であった被害者の父親を説得し,同年4月6日,被告人に対し,改めて父親と共に指導に従う旨約束し,同日を最後に, 両親は,被害者へのインスリンの投与を中止した。

 

ここで被告人が自分の非を認めていれば良かったのですが、医学教育を受けずに治療を商売にしているから、自分の非や誤りを認めるわけにはいかないんですよ。

(4)(5)治療効果の擬態と被害者の死亡

(4) その後,被害者は,多飲多尿,体の痛みを訴える,身体がやせ細るなどの症状を来し,母親は,被害者の状態を随時被告人に報告していたが,被告人は,自身による治療の効果は出ているなどとして,インスリンの不投与の指示を継続した。

同月26日,被害者は,自力で動くこともままならない状態に陥り,被告人は母親の依頼により母親の実家で被害者の状態を直接見たが,病院で治療させようとせず,むしろ,被告人の治療により被害者は完治したかのように母親に伝えるなどした。

母親は,被害者の容態が深刻となった段階に至っても,被告人の指示を仰ぐことに必死で,被害者を病院に連れて行こうとはしなかった。

 

(5) 同月27日早朝,被害者は,母親の妹が呼んだ救急車で病院に搬送され, 同日午前6時33分頃,糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡した。

 

被告人は「自身による治療の効果は出ている」と言ったわけですね。

で、その結果、男児は殺された(殺人罪だから法的にも間違った表現ではない。)わけです。

医療ネグレクト殺人事件の先例でも、治療効果を装って患者を殺した。

医療ネグレクトの殺人事件としては成田ミイラ化遺体事件という先例がありますが、

 (3) 被告人は,脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが,Bの依頼を受け,滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして,Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や,その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら,「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して,なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ,その生命に具体的な危険を生じさせた。


 (4) 被告人は,前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ,Aの容態を見て,そのままでは死亡する危険があることを認識したが,上記(3)の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから,シャクティ治療をAに施すにとどまり,未必的な殺意をもって,痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し,痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた。

最高裁判所第二小法廷 平成17年7月4日決定 平成15(あ)1468

と、今回と同様、治療の誤りが露呈しないようとして、患者を殺しているわけです。

 

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 なぜ無免許治療が放置されているか?最高裁昭和35年判決

このブログを初めて読まれた方は疑問に思っていないだろうか?

なぜ医師などの医療系免許を持っていない者の治療(と称する)行為が放置されているのか?、と。

 

本来、このような無免許治療はあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき法)第12条で「医業類似行為」として禁止されているのである。

第十二条 何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。

第1条はあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師のことであり、これらは法律に基づいた医療系免許である。当ブログの筆者はこの3つの免許を持っている者(3つ持っているので鍼灸マッサージ師と呼ばれる。)である。

 

ところが最高裁はこの条文に関し、

ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。

それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。

しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

最高裁判所大法廷昭和35年1月27日判決 昭和29(あ)2990 刑集 第14巻1号33頁

と判決を出し、「人の健康に害を及ぼすおそれ」が立証されない限り摘発されないこととなった。*1

我々の業界では昭和35年判決と呼んでいる。

 

この最高裁判決には反対意見があり、特に石坂修一裁判官の反対意見で示された、適切な治療機会の逸失は「消極的弊害」として、以後の医療法規の判例で用いられる考えとなる。*2

 かゝる治療方法は、健康情態良好なる人にとりては格別、違和ある人、或は疾病患者に、違和情態、疾病の種類、その程度の如何によつては、悪影響のないことを到底保し難い。それのみならず、疾病、その程度、治療、恢復期等につき兎角安易なる希望を持ち易い患者の心理傾向上、殊に何等かの影響あるが如く感ぜられる場合、本件の如き治療法に依頼すること甚しきに過ぎ、正常なる医療を受ける機会、ひいては医療の適期を失い、恢復時を遅延する等の危険少なしとせざるべく、人の健康、公共衛生に害を及ぼす虞も亦あるものといはねばならない。

 而してあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法が、かゝる医業類似行為を資格なくして業として行ふことを禁止して居る所以は、これを自由に放置することは、前述の如く、人の健康、公共衛生に有効無害であるとの保障もなく、正常なる医療を受ける機会を失はしめる虞があつて、正常なる医療行為の普及徹底並に公共衛生の改善向上のため望ましくないので、わが国の保健衛生状態の改善向上をはかると共に、国民各々に正常なる医療を享受する機会を広く与へる目的に出たものと解するのが相当である。

 

そして、この反対意見で懸念された消極的弊害が成田ミイラ化遺体事件であり、今回の糖尿病男児に対する殺人事件である。

 

またズンズン運動と呼ばれた無免許施術では施術で子供が亡くなり、業務上過失致死傷罪で有罪判決が出ている。

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 判決によると、被告は昨年6月、大阪市淀川区の施設で、神戸市の男児に対し、身体機能を高めるとして首をもむなどの施術を行い、6日後に死亡させた。

 柴山裁判長は判決理由で、平成25年2月にも新潟県男児=当時(1)=が被告の施術後に死亡したことを挙げ、「施術の危険性を十分認識できたのに検証せず、注意義務違反の程度は大きい」と指摘。

 

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死ぬほどではないが、無免許施術による健康被害国民生活センター消費者庁から報告されている。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に(消費者庁)[PDF]

消費者庁には、「整体」、「カイロプラクティック」、「リラクゼーションマッサージ」などの法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術で発生した事故の情報が、1,483 件寄せられています(平成 21 年9月1日から平成 29 年3月末までの登録分)。そのうち、治療期間が1か月以上となる神経・脊髄の損傷等の事故が 240 件と全体の約 16%を占めています。

 

どうすれば無免許治療を根絶できるか?

昭和35年判決の判例を変更すれば良い。

と言っても難しい。

まずあはき法第12条について、再び裁判所に判断してもらわなければいけない。

刑事事件の場合はまず検察が起訴しなければいけないのだが、判例に反する起訴を、行政である検察官は行わない。

強制わいせつ罪の判例が変更された事件は、検察が性的欲求を満たす目的があったとして起訴したが、弁護人に、性的欲求が有ったことの立証を妨げられたからである。

 

また立法権(国会)も、憲法判例に反する立法は行えない。

 

三権分立が悪い形で発現しているのが無免許治療の法的状況である。

 

そうなると民事裁判であはき法12条について判断してもらう手が考えられる。

 

無免許治療を受けた患者が、

治療契約はあはき法第12条に違反する違法な施術を行う契約だから、契約は公序良俗に反し、無効である。

と主張して、治療費の返還を求めることが考えられる。

 

実際、そんな風に争った裁判の判決は見当たらないのだが、近いものはあった。

 

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 この事件で、最初から治療行為があはき法第12条に違反する施術だった、と主張していれば、と思う。

 

もっともこの論法で無免許治療業者を訴えた場合、判決が出される前に、口外不可の条件で和解に持ち込まれると思うし、和解された事件は判例集には当然載らない。

 

そこが無免許治療の根絶を願う者にとってのハードルである。

素人考えでも、死人や健康被害が出ている以上、昭和35年判決を現代でも維持するのは相当ではない、と思うが。

 

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