不正競争であるかどうかを判断するために、非弁行為(要免許行為)か否かを判断した裁判例
上記判決は、弁護士である原告らが,ネットの誹謗中傷記事削除などを唄うコンサルティング業者である被告を不正競争(品質誤認惹起表示)であるなどとして、慰謝料を求めた事案の控訴審である。
前掲判決文(PDF)の7ページ目から「当裁判所の判断」とあるので、そこから引用すると
原告らは,被告ウェブサイト(広告)では,まさしく削除請求を代行するとうたっており,非弁活動の広告がなされているものであるから,適法に任意削除請求ができないにもかかわらず,これが適法に可能であるように表示しており,「役務の質,内容」について消費者を誤認させる表示に当たる旨主張する。(判決文10ページ目)
非弁活動というのは法律事務などを弁護士に独占させている弁護士法第72条違反の活動である。
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
つまりは要免許行為を無免許で行っていることであり、違法行為ということである。
要するに、要免許行為を行えない無免許事業者であるにも関わらず、要免許行為を行う旨、表示しているのだから品質誤認惹起表示である、という主張である。
そのような主張に対し、知財高裁は
これら(筆者注:被告ウェブサイトの記述)によれば,原判決が述べるように,被告が,顧客と顧客が削除を求める相手との関係でどのように関わるのかについて明確でなく,技術的サポートの内容も具体的ではないものの,被告が顧客に代わって削除依頼を直接行ったり,法的助言を行ったりするものと理解することはできない。そうすると,被告ウェブサイトが,本来,被告が適法に行うことができない法律的な業務について,これを行うことが適法に可能であるように表示したとまではいうことができず,したがって,「役務の質,内容」について消費者を誤認させたということはできない。(判決文11ページ目)
と、被告ウェブサイトに記述されている行為は違法行為では無いと判断し、品質誤認惹起表示では無いと判断している。
大事なのは品質誤認惹起表示であるか否かを判断するために、無免許の事業者が表示している行為が要免許行為か否かを判断していることである。
我々の業界で言えば、医業類似行為であると判断できる記述、つまり「疾病の治療又は保健の目的を持ってする行為」を無資格者がウェブサイトなどで表示していた場合、それらを行えるのは医師や鍼灸マッサージ師のみであるから品質誤認惹起表示である、として訴えるのである。
そうなれば表示している行為が違法行為か否かを判断する必要がある。
その際、無資格者は昭和35年判決を引用して、人の健康に害を及ぼすおそれの無い行為、あるいはおそれが立証されていないのだから合法な行為である、と主張してくるだろう。
それに対して、昭和35年判例の維持が不適切なことを論じれば良い。
その論点に関しては下記記事参照。
無資格者批判を批判する鍼灸マッサージ師達は、消費者保護についてどのように考えているのだろうか?
医療目的でなければマッサージに免許は不要、と主張する齊藤惠氏の記事に対し、上掲の批判記事を書いた。
で、下記のように無資格批判よりも顧客・患者に選ばれるようにすべき、という意見が出される。
無資格者を批判してもしょーがない。
— ゆーノ助 (@kanakanayuyu) 2018年9月23日
それより有資格者が上位互換になるように底上げが必要な状況でしょ。
有資格者にはリラクから治療までしっかりできる技術が求められるのだろう。
所詮は選ばれたもの勝ちですしね
— You (@Osteon_acu) 2018年9月23日
マッサージ治療院はバタバタ潰れてますがリラクゼーション店はどんどん店舗数伸ばしてますし
それなのに無資格だからだめだとか言って その理由を考える頭がないやつはダメですね
批判する前に有資格者は何をすべきか考えなきゃですね
無資格者ではなく、国家資格者が選ばれるように臨床の実力を強化すべし、という意見には同意する。そもそも顧客・患者の身体の悩みを解決するのが鍼灸マッサージ師の本来の役割だし。
実際、稼ぎに直結しない無資格者批判をするよりはマーケティングなどを勉強して競争力を強化した方が稼ぎは良くなるだろう。使える時間と体力にも限りがある。
なので個人の処世術として、無資格問題に関わらないというのは有りだ。
だったら無資格者批判に対する批判もしないでくれませんか?
どういう意図で国家資格者である鍼灸師、マッサージ師が無資格者批判を批判するんですかね?
中には無免許を雇って稼いでいる国家資格者もいるので、そういう人たちからは邪魔な存在だとは思いますが。
あるいは友人・知人に無資格者がいるのか。
集患、経営、競争という価値観であれば無資格者批判は無駄な労力であり、老婆心から忠告したくなるのもわからないではない。
しかし稼ぐことよりも、社会正義のために働くのが好きな人間もいるのですよ。
無資格問題が消費者問題であることは消費者庁や国民生活センターが無資格施術による健康被害を報告していることからも明らかだろう。
手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター
消費者庁:法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に
正しい情報を知ってもらうことにより、消費者に判断材料を与え、無免許施術による健康被害を未然に防ぐのである。
そのような目的を持った情報発信を封じようと批判するのは自分の患者以外の健康被害などどうでも良いと言ってるも同然である。
また資格商法で騙される被害者を防ぐ意味もある。
上掲の私の記事は齋藤惠氏の記事は真に受けると事実を知らずに犯罪行為に手を染めるのを防ぐ目的がある。
その点を考慮せずに、無資格批判を批判するのは犯罪行為に加担するも同然であろう。
これらの消費者被害に対し、無資格批判を批判している鍼灸マッサージ師たちはどういう解決法・予防策を持っているというのだ?
そんなことを考えるのは鍼灸マッサージ師の役割ではない、というのであれば無免許批判に関して黙っていて欲しいものである。
医療目的で無ければマッサージに免許は不要、と主張する欺瞞的な鍼灸マッサージ師兼フリーライター、齋藤惠氏
--(2019/05/18追記)--
この記事に対し、齋藤恵氏からはてな社に対し、プライバシー侵害として削除申請がされた。
その件に関して、下記記事を書いた。
--(2019/05/18追記終わり)---
こんなブログ記事がTLに流れてきた。
当該ブログの執筆者
記事を書いたのは齋藤惠さんという、鍼灸マッサージ師であるフリーライターだそうだ。
鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師・アロマテラピーインストラクター
1984年生まれ。末期医療施設リハビリ部署所属。
高度医療病院で看護助手として医療に従事するうちに連携医療に興味を持つ。現在はターミナルケアに従事すると共に、フリーライターとして日本人の健康問題や医療・連携医療の重要性について情報発信する。
当該ブログ記事の内容
では前掲ブログ記事(以下、記事1とする。)の内容を検証しよう。
引用内の強調は筆者による。
私はあん摩マッサージ指圧師国家資格を持っています。最初はリラクゼーションセラピストでした。国家資格があると医療ができるようになるのですが、マッサージをするにあたって国家資格が必要だとはあんまり思いません。
リラクゼーションセラピストに国家資格は必要ない!?元セラピストからあん摩マッサージ指圧師になった私が国家資格についてぶっちゃけます - ひとりのセラピストのひとりごと
とリラクゼーションセラピスト(法律上は無資格施術者)であったが、その後、あん摩マッサージ指圧師の免許を取得している旨、書いている。
で、結論として
リラクゼーションサロンで働いている真面目なセラピストには、たまに「資格がないのにマッサージをしていいのだろうか?」と思ってしまう人がいます。 何を隠そうこの私もそんな真面目ちゃんの一人でした。 国家資格を取った今、私はリラクゼーションセラピスト に言いたい。 資格がなくてもマッサージはしていいですよ!! つうかマッサージに国家資格は要りません!! マッサージは法的な事情があるので資格者しか名乗れません。その法律もあるんだかないんだか分からないような穴だらけの法律です。
リラクゼーションセラピストに国家資格は必要ない!?元セラピストからあん摩マッサージ指圧師になった私が国家資格についてぶっちゃけます - ひとりのセラピストのひとりごと
と書いている。
要約すれば「医療以外でのマッサージには免許が不要」という主張である。
齋藤惠氏の、無免許マッサージの危険性に関する認識
なお、記事1において
とても個人的な意見ですが、リラクゼーションセラピストの最大のデメリットは「疾患の鑑別ができない」ということでした。 ごくまれに病気を持った人がきます。禁忌確認の時に「怪しいな?」と思ったら断っていればいいのですが、個人経営のレンタルサロンで施術していた時に病気の人に施術をしてしまって私が危ない目に遭いました(汗)
リラクゼーションセラピストに国家資格は必要ない!?元セラピストからあん摩マッサージ指圧師になった私が国家資格についてぶっちゃけます - ひとりのセラピストのひとりごと
と書き、自分で書いたブログ記事(以下、記事2)へのリンクを貼っている。
記事2では
リラクゼーションで実質的に行われているのはマッサージです。 マッサージは本来、医療技術なので、場合によっては危険を伴うこともあります。
安全な施術で、指名率アップを目指そう。リラクゼーションセラピストが心がけるべきリスク管理。リラクゼーションの適応と禁忌 - ひとりのセラピストのひとりごと
と自らの経験から、リラクゼーションで行っている施術が「マッサージ」である旨、そして「危険を伴うこと」を自白している。
そして病気や怪我が無いことを確認すべき、と書いているのである。
まずお客様に、病気や怪我が無いことを確認しましょう。 見た目は普通でも、体の中にペースメーカーや人工関節などが入っている方もおられます。
安全な施術で、指名率アップを目指そう。リラクゼーションセラピストが心がけるべきリスク管理。リラクゼーションの適応と禁忌 - ひとりのセラピストのひとりごと
リラクゼーションサロンでは肩こりや腰痛などでいらっしゃるお客様が多く見られますが、肩こり・腰痛とお客様が思っていても、そこに病気が隠れていることがあります。 そういった場合に、無理にほぐしてしまったり、ストレッチさせてしまうと、病気が悪化する恐れがあり、最悪の場合は手術に繋がることもあります。 肩こり、腰痛を訴えるお客様に、どのような時に痛みがあるのか、体を動かす時に問題が無いかどうか必ず伺って下さい。
安全な施術で、指名率アップを目指そう。リラクゼーションセラピストが心がけるべきリスク管理。リラクゼーションの適応と禁忌 - ひとりのセラピストのひとりごと
とリラクゼーションサロンで肩こり、腰痛に対する施術を行うことを斎藤氏は認めているのである。そして、病歴(ペースメーカーなど)や痛み(症状)に関して訊ねる必要性も認めている。
まず症状や病歴を訊ねる行為は問診であり、医行為である。業として行っていれば医師法第17条に反する。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51069
被告人が断食道場の入寮者に対し、いわゆる断食療法を施行するため入寮の目的、入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、それらの者の疾病の治療、予防を目的としてした診察方法の一種である問診にあたる。
そして昭和35年判決により、無資格者の医業類似行為で取締を受けずに済むのは「人の健康に害を及ぼすおそれが無い行為」に限定される。斎藤氏はリラクゼーションでのマッサージにおいても危険性がある旨、述べているのである。
また昭和35年判決は医業類似行為、つまりあはき法第12条の問題であり、あはき法第1条について判断したものではない。なので無免許マッサージの取締には無免許でマッサージを行った、という認定で十分である。*1
さらに免許が必要なあん摩(マッサージ指圧)の定義として厚生省は下記のように通知している。
法第一条に規定するあん摩とは、人体についての病的状態の除去又は疲労の回復という生理的効果の実現を目的として行なわれ、かつ、その効果を生ずることが可能な、もむ、おす、たたく、摩擦するなどの行為の総称である。*2
裁判例としても下記のように判示されている。
あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法一条にいう「あん摩」とは、慰安または医療補助の目的をもって、身体を摩さつし、押し、もみ、またはたたく等の行為を言う。*3
病的状態の除去や医療補助以外でも、疲労回復や慰安目的でも免許が必要な旨、公的に示されているのである。
齊藤氏の、マッサージの免許は医療関連のみで必要、という主張は誤りである。
齋藤惠氏の欺瞞性
なお、斎藤氏は別の記事(以下、記事3)で
では何のために国家資格があるのか?と疑問に思ってしまいます。マッサージが事実上誰でもできるなった現在には背景があります。
政治的な背景がある
昭和の時代ではあん摩マッサージ指圧師は視覚障害者の職業として国が守ってきました。現在でも視覚障害者向けの職業訓練校としてあん摩マッサージ指圧科の国立学校が全国にみられます。 しかし小泉政権の時に大規模規制緩和がありました。マッサージ行為を事実上、誰でもできるようになったのはこの時です。 それ以降、リラクゼーションサロンが急激に増え、経済に貢献してきました。
あん摩マッサージ指圧師国家資格は現在も視覚障害者枠が設けられ保存されていますが、視覚障害の無い普通の人(晴眼者と言います)も枠があり、毎年合わせて数千人の国家資格者が新たに誕生しています。
マッサージ師になるためには。職場はどんなところ?リラクゼーションから医療現場までマッサージ師の職場を解説します - ひとりのセラピストのひとりごと
と、あたかも小泉政権のときの規制緩和で無免許マッサージが事実上できるようになったように書いているが、基本的な原因は昭和35年判決である。
鍼灸マッサージ師である斎藤氏が昭和35年判決を知らないとも思えず、判事事項(無資格施術(医業類似行為)は人の健康に害を及ぼすおそれがあれば処罰対象)を示さず、リラクゼーションサロンの施術でも人体に危険性があることを示した上で「マッサージに免許は不要」と書くのはライター、いや人としての倫理としてどうなのかと思う。
齊藤氏はリラクゼーションサロンでの施術が違法であること(マッサージであること、人の健康に害を及ぼすおそれがあること)を知りながら無免許でのマッサージが大丈夫である、と書いているのだから違法行為の助長・教唆と言わざるを得ない。
関係法規で国試に出るのはもっぱら適格条項や免許、施術所関係の手続き、営業規制なので昭和35年判決を忘れていた、という可能性も否定できないが、その程度の知識なら現行法規でマッサージに免許が不要、という記事を書くべきではない。
現行法規の解釈(司法論)を誤って書いた場合、他人に違法行為をさせることになったり、逆に正当な権利の行使を妨害するものになる。
法律の改正を求めたり、あるべき制度の理想(立法論)といった願望を書くならば素人考えでも良いが、司法論はちゃんと調べた上で書いて欲しいものである。
また免許制度そのものが視覚障害者の保護が目的のように書いてあるが、晴眼者向けのあん摩マッサージ指圧師養成校の認可を規制する、あはき法第19条は昭和39年改正で作られたものである。
法律第百二十号(昭三九・六・三〇)
◎あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法等の一部を改正する法律
(あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法の一部改正)
(略)
第十九条を次のように改める。
第十九条 当分の間、文部大臣又は厚生大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに省令で定める程度の著しい視覚障害のある者(以下視覚障害者という。)以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。
文部大臣又は厚生大臣は、前項の規定により認定又は承認をしない処分をしようとするときは、あらかじめ、中央審議会の意見をきかなければならない。
鍼灸マッサージの法律問題を論じるなら平成医療学園があん摩マッサージ指圧師養成校の不認可決定に対し、あはき法第19条を違憲として国を訴えたことぐらいは知っておくべきだろう。
記事1には
でも最近は視覚障害者の方はIT系の仕事が多いらしくてあん摩マッサージ指圧師が減っているそうです。 時代が変わってグダグダしているように見えます。 視覚障害者の職業としてあん摩マッサージ指圧師を守るなら、障害者の就職支援を積極的にやるべきだと私は思います。国家資格云々ではなくて、障害者支援の方が大切です。
リラクゼーションセラピストに国家資格は必要ない!?元セラピストからあん摩マッサージ指圧師になった私が国家資格についてぶっちゃけます - ひとりのセラピストのひとりごと
と書いてあるのだが、まさに19条裁判で平成医療学園が訴えているのと同義である。
19条廃止派が書いたか話した意見の受け売り(孫引き)かもしれないがプロのライター業なら1次ソースを確認すべきだろう。そうすればこの規制が元からあったものではなく、昭和39年改正で追加されたものであり、免許制度は本来、視覚障害者保護を目的にしたものでないことはわかるはずである。
本来、危険性がある行為だから免許制になっているのであって、視覚障害者の保護は後付である。
記事3では前掲引用のように、免許自体に視覚障害者枠と晴眼者枠があるかのように書いてあるが、晴眼者向けの養成校の認可が制限されているのであって、国家試験自体に視覚障害者と晴眼者の枠があるわけではない。なので国試成績の良い晴眼者が落ちて、成績がそれより悪い視覚障害者が国試に受かる、ということはない。
無資格施術の経歴と、無資格施術を擁護する心理
齋藤氏は前述のとおり、元々はリラクゼーションセラピストと称して無免許マッサージを行っていた。自身の過去の行為を犯罪行為と認めるのには抵抗があると思われる。
また無免許の業界にいたのだから無免許施術を行っている友人・知人もいるのだろう。
自分の知らない被施術者の健康・安全よりも友人・知人の生活のほうが大事、というのはよくある心理である。
まあ、法律を知らずに違法な無免許施術を職にし、法律の存在に気づいて無免許施術を止め、免許を取られる方もいるだろう。本来、前科者や医事に関する不正を行ったものは免許を与えないこともある(相対的欠格条項)のだが、無知ゆえに違法行為に手を染め、改心した者まで責める気はない。
ただし、齊藤氏のように、免許の取得後も無免許施術を擁護するのは公衆衛生の意識が欠如しており、ましてや無免許施術を助長するような記事を公表するのは人の健康に携わる者としての倫理も疑わざるを得ない。
それ故、過去に無免許施術を行っていた者の倫理観もまずは疑わざるを得ないのである。ましてや無免許施術者と友人関係にある者をや。
上記リンクはナチス宣伝相ゲッベルスの秘書に関する記事である。
下記引用の「彼女」とはゲッベルスの秘書だった人。
身近な子供の死、遠くのユダヤ人の死
トークショーを通じて、二面性が一つのキーワードとして浮かび上がる。そこで明かされたのは、冷静沈着に見える彼女の意外な一面だった。
彼女は多くのユダヤ人の死については「私に罪はない」と静かに語る一方で、ゲッベルス家の子供たちが殺害される場面を証言する際には感情があらわになりかけ、涙を流さないよう自分と戦っていたと監督たちは語った。
まさにこれである。
その後のツイッター
「マッサージに国家資格は要りません!!」と書いてるけど、無免許マッサージで健康被害が出ていることについて、どう考えているんですか?https://t.co/iJjnleBuiT https://t.co/7gzhM9aEB4
— びんぼっちゃま (@binbo_cb1300st) 2018年9月21日
と引用RTで齊藤氏に尋ねた訳だが下記が回答であろう。
https://twitter.com/8O049RRc7L19TSr/status/1043672597500575744
医療というのは本来、危険性のあるものであるからそれらは医師や看護師といった免許を持ったものによって行われるのである。当然、無免許の者に行わせればさらに事故の件数が増えたり、より酷い事故が起きるであろう。
「セラピストに問題があるから事故が起きます。」というのはまさにそのとおりだが、施術者の質を確保するのが免許制度に他ならない。
上図で言えば、赤のレベルでの健康被害はまさに無免許施術が原因の被害と言える。
医療事故や国家資格者による健康被害を挙げて、無免許施術を正当化する輩もいるが、免許を持っていても危険性がある行為(上図の青での事故)を、無免許(上図の赤)で行える理由にはならない。ある無免許施術者が上図の黄色だとどうやって証明できるのか。
運転免許保有者による交通事故は発生しているが、自分や家族が無免許運転の被害者になった場合、免許持ちでも事故を起こすからと、相手の無免許運転を責めずに許せる人なら前述の論理でも納得できるかもしれないが。
https://twitter.com/8O049RRc7L19TSr/status/1043677125000101888
職業選択の自由は公共の福祉に反しない限り認められるものである。
齋藤氏は被施術者の権利についてどう考えているのだろうか?
被施術者の安全を無視したまま無免許で施術をして良い権利などない。
「当分の間、取締りを行わなくても差し支えないこととします」という行政通知
この度の北海道胆振東部地震の被災者の皆様にお見舞い申し上げます。
さて、今回の地震で下記のような通知が消費者庁から出されております。
平成 30 年北海道胆振東部地震を受けた食品表示法に基づく食品表示基準の弾力的運用について
— ホクネット (@hocnet20162) 2018年9月8日
誇大広告や産地偽装が許されると言っているのではなく、義務表示事項の全てが表示されなくても取締対象とはしないとのことです。
詳しくはPDFを御覧ください。https://t.co/1L99nMKnFN
平成30年北海道胆振東部地震を受けた乳児用液体ミルクの取扱いについて
— ホクネット (@hocnet20162) 2018年9月8日
母乳代替食品としての用に適する旨を表示した乳児用液体ミルクについて、特別用途食品制度における乳児用調製液状乳の許可及び承認を受けていない場合も、当分の間、取締りを行わないそうです。https://t.co/PVVZRySPtW
平成30年北海道胆振東部地震を受けた食品表示法に基づく食品表示基準の運用について
食品表示法(平成 25 年法律第 70 号)においては、食品表示の適正の確保のため、食品表示基準(平成 27 年内閣府令第 10 号)が定められているところです。
一方で、平成 30 年北海道胆振東部地震による被害により、被災地への食料の円滑な供給が重要な課題となっていることを踏まえ、引き続き適正な食品表示がなされていることが重要ではあるものの、食品の譲渡・販売の態様等を総合的に勘案し、食品の安全性に係る情報伝達について十分な配慮がなされていると判断されるとともに、消費者の誤認を招くような表示をしていない場合には、平成 30 年北海道胆振東部地震において災害救助法(昭和 22 年法律第 118 号)の適用を受けた被災地において、譲渡又は販売される食品については、必ずしも食品表示基準に基づく義務表示事項の全てが表示されていなくとも、当分の間、取締りを行わなくても差し支えないこととしますので、適切な対応をお願いします。なお、アレルギー表示及び消費期限については、被災者の方々の食事による健康被害を防止することが何より重要であるため、従来どおり個々の容器包装に表示する必要があることから、これまでどおり、取締りの対象となりますので、適切な対応をお願いします。
平成30年北海道胆振東部地震を受けた乳児用液体ミルクの取扱いについて
健康増進法(平成 14 年法律第 103 号)の規定に基づく特別用途食品(健康増進法に規定する特別用途表示の許可等に関する内閣府令(平成 21 年内閣府令第 57 号)第1条第3号に規定する特定保健用食品を除く。以下同じ。)制度は、販売に供する食品につき、乳児用等の特別の用途に適する旨の表示をしようとする者は、消費者庁長官の許可を受けなければならない又は外国においてその旨の表示をしようとする者は、消費者庁長官の承認を受けることができる制度です。
平成 30 年8月8日に、乳児用液体ミルクの普及実現に向けて、特別用途食品における乳児用調製液状乳の許可基準を設定・施行したところですが、本日時点で乳児用調製液状乳の許可品目がない状況にあります。
一方で、平成 30 年北海道胆振東部地震による被害により、被災地への食料の円滑な供給が重要な課題となっていることを踏まえ、引き続き適正な表示がなされていることが重要ではあるものの、食品の譲渡・販売の態様等を総合的に勘案し、食品の安全性に係る情報伝達について十分な配慮がなされていると判断されるとともに、消費者の誤認を招くような表示をしていない場合には、平成 30 年北海道胆振東部地震において災害救助法(昭和 22 年法律第 118 号)の適用を受けた被災地における使用を目的として譲渡・販売される、母乳代替食品としての用に適する旨を表示した
乳児用液体ミルクについて、特別用途食品制度における乳児用調製液状乳の許可及び承認を受けていない場合も、当分の間、取締りを行わなくても差し支えないこととしますので、適切な対応方よろしくお願いします。
ただし、アレルギー表示及び消費期限については、被災者の方々の食事による健康被害を防止することが何より重要であるため、従来どおり個々の容器包装に表示する必要があり、これまでどおり、取締りの対象となります。
なお、海外から輸入された乳児用液体ミルクを譲渡・販売する際にも、消費者の食品選択上、必要な情報が適切に提供されることが必要なため、容器包装に記載された母乳代替食品の目的や使い方、注意事項等の情報は食品に近接したポップや掲示、付属の紙などにより、消費者に提供されることが望ましく、このため、事業者等から問合せがあった場合にはその旨御指導いただくようお願いします。
あわせて、食品衛生上、開封後の飲み残しは保管しない旨、御指導いただくようお願いします。
それぞれの法律を確認したわけではないが、法律上必要な表示を行っていない、承認を受けて無くても被災地で販売される食品や液体ミルクに関しては取締をしない、という通知である。
医業類似行為(無免許施術)に関してはもともと、行っただけで禁止処罰対象にしているのだが、昭和35年判決で「人の健康に害を及ぼすおそれのある行為」のみに禁止処罰を限定した。
そのため、無免許施術が放置されている状況である。
昭和35年判決に関し、
という考え方がある。
2の対応は昭和35年判決の固定化であり、1の立場からは受け入れ難い。
しかし1の立場では無免許業者に対し、禁止事項を課すことは可能であるが、作為義務を課すことが難しい。
この場合の作為義務というのは
- 手技療法にあん摩マッサージ指圧師という法定の免許制度があることの説明。
- 自分たちは免許を有していないことの説明。
- 自分たちが行える行為は機械的な行為に限られ、判断を要する行為(問診、触診、検査、身体状況の説明など)はできないことの説明。
- 利用者が上記説明を受け、理解した旨の書面の受理。
- 医師などの専門から、患者に危害を及ぼす恐れが無い旨の証明を受けること。
といったところである。
で、このように違法だが条件次第では取締を行わない、という行政の対応は参考になるかと思った次第である。
タトゥー(入れ墨)に対する不快感
りゅうちぇる氏が家族の名前のタトゥーを彫り、インスタで公開した件でいろいろ議論がなされているので、私も書いてみる。
施術する側の違法性
(2019/06/08追記)
控訴審で逆転無罪判決が出されました。
大阪高検が上告中。
(追記終わり)
医師免許無しでタトゥー(入れ墨)を彫ることが医師法第17条違反(無免許医業)であることは既に刑事裁判の判決がある。
今後、最高裁まで争われると思う。
なお、無免許医業を受ける方は特に違法性は無い。
ましてや医師からタトゥーを彫ってもらったのであれば法的な問題は皆無となる。
もっとも彫師もしている医師は珍しく、通常は違法施術で彫られているのだから、入れ墨を入れている旨を公言するのはいかがなものかと思う。
力の誇示やマウンティングツールとしての入れ墨
入浴施設やプールで入れ墨を入れた者の排除理由としては暴力団関係者の排除や、一般人の恐怖といったところだろう。
刺青を見せられることで、一般人は畏怖することになり、自分が先に洗い場に並んでいても譲らざるを得なくなり、サウナから出なければ行けなくなる。一般人は刺青を前にするだけで自由を制限されるのが実情では。その他の畏怖の対象を含めないのは、刺青狙い撃ちの差別と言われる可能性はあり。 https://t.co/bx6UI33tS5
— あわわ (@bubblinkace) 2018年8月24日
アウトローが入れ墨を入れる理由として納得できそうな記事が匿名ダイアリーにあった。
詳しくはリンク先記事を読んでほしいが
不倫然りタトゥーしかり何かを必死に叩いてる人は自分がただ嫉妬してるだけってことに早く気づいたほうがいい。日本は同調圧力が凄まじい上に自己肯定感を低くする教育ばかり行う国だから、自分より自己肯定感が高くて自由に振舞ってる人間が羨ましくて許せないだけ。いつまで「世間」に騙されてんの?
— 小野美由紀(「メゾン刻の湯」) (@Miyki_Ono) August 22, 2018
のツイートを引用した上で
https://twitter.com/Miyki_Ono/status/1032259138384887813
まさにこれ、強くてパワーがあるのを嫉妬してるんでしょ、一番が怖いんでしょ、うらやましいんでしょ、という輩がでてくる。こういった威力を感じて有用性を感じる人間が、ただ自分が満足するために体にほった名前ではない、人にみせて何かに使うため、少なくとも羨望や嫉妬を招くためにしているという前提を持つことが問題である。
それを交渉につかう、少なくとも現在SNSで自己の優位性主張のために利用しているという、この利用のために使われるべきものではないという事である。
それを使うから否定され敬遠さえるという事自体に気が付くべきだ。
タトゥー・入れ墨の種類
タトゥー・入れ墨を入れる理由を重複を無視して大まかにわけると
- 刑罰
- マウンティング
- 覚悟や決意、帰属組織を示す
- 個体認識
- 魔除け・お守りなどの呪術的意味
- 傷跡隠し
- 身体の説明
- ファッション
といったところであろう。
1は現在の日本では無く、暴力団が入れ墨を入れるのは2,3といった理由であろう。
4の個体認識は死亡時の身元確認であり、漁師や火消しが入れ墨を入れていたのはこの理由である。そしてDNA鑑定が可能な現在、身元確認に入れ墨は不要である。
5は民族的・宗教的な入れ墨はこの類であろう。
6,7は下記記事に書かれているように、傷跡を隠したり、ペースメーカーを埋め込んでいることを知らせたり、耳が聴こえない旨のサインである。
で、本人たちが上記の目的を有しているか否かを問わず、ファッション目的でタトゥーを入れることもあるようだ。
覚悟とマウンティング
前掲の匿名ダイアリーより
「おまえの一番愛するものに名前をきざんでもいないやつがそれ本当に大事といえるの?ちょっと貸してくれや」と交渉をされたとき
「命を賭してまもると決めてますんで」といえるだろうか。そしてまもるための最終手段を持っているだろうか。
持っていないという不安につけこんで、最大限安全な退路の選択をさせられ不利益を与えられる可能性が危惧されないだろうか。
「されない、どんな暴力にも屈さないし9条が守ってくれる」というならそれで守れるだろう。
しかし、実際ここで殴られた、引きはがされた、もっていかれたを解決できないかもしれないという不安が一瞬よぎったら、そこにあらゆる1番が押し掛けてくる。
たたみこんでくるように準備されているものと、突発的に不安な事象と遭遇する一般人、これで平等な交渉がなされるだろうかといえば不安ではないか。
で、りゅうちぇる氏に関し、
先般のりゅうちぇるについても、親が龍を背負っていたから自分はどうなった、というわけでもなく、龍をせおった父親はほかの父親の息子に対する愛よりふかかったのか、といえるわけではないはずである。
入れ墨をいれていない父親はよわいのでくじけておれるだろうが、芸能人になれた僕の父親はドラゴンの入れ墨をしていた、と言えるのか。
どうしてパパは僕を応援するために入れ墨をしてくれないの?などと子供が言い出したりするような言い回しでなければ、だ。
パパは弱くて忘れっぽいので、みんなとずっと一緒であることを忘れないために刻んだんだ、といえば、私も同情の念を抱かざるを得ない。
名前を体に刻むかどうかで子供に対する思いに優劣がつけられるのか、という話である。
他の匿名ダイアリーでも
嫁子供の名前を刻まないと背負えないなんて情けない。
世間のお父さんは綺麗な身体で嫁子供を背負って、それで夏休みには気兼ねなくプールや温泉で我が子と遊ぶんだよ。
そっちの父親のほうが遥かにカッコイイし、前者を引き合いにして並べるなんてヒョロヒョロぶりが気の毒過ぎて逆にこっちが謝りたくなるほどよ。
と書かれていたり。
りゅうちぇる氏自身も
https://www.instagram.com/p/BmvbjKEhX6x/?hl=ja&taken-by=ryuzi33world929
この体で、僕は大切な家族の笑顔を守るのです。なので、この体に、大切な家族の名前を刻みました。
とインスタに書いており、家族への思いと名前を刻むことを関連付けているわけである。
日本人が入れ墨を入れた者に対して嫌悪感を持つのは威圧感からであり、家族の名前を普通のフォントで書かれている場合には威圧感を抱かないかもしれない。
しかし自らの覚悟を示すために名前を体に入れている旨を公表すれば、無意識的にマウンティングを受けたと感じた、一般人である親たちの反発を受けることは止むを得まい。
ましてや誰に聞かれたわけでもなく、自らタトゥーの存在を示したとあれば、その性格について疑問を抱かれても仕方あるまい。
マウンティングでないタトゥー
魔除け・お守りとして
前掲の匿名ダイアリーで、入れ墨が受け入れられるためには
日本でタトゥー、入れ墨するなら、自分が弱いからという主張か、絶対に見せないという前提がなければむつかしいという現状くらいはわかったうえで
それでもなお入れざるを得ないという状況に自分が差し迫っているということでもなければ主張はできないだろう。
(中略)
主張をするなら、日本では反発をうける、その理由は前述のとおりで、それを超えて受け入れられ主張をしたいのではれば、方法としてなくはない、ということである。
子供になぜパパは一番じゃないの?最高はあらゆる高級品と体に印があって家族を愛してくれてるけど、うちにはなにがあるの?と聞かれて、答えるすべを庶民に残しているかということである。
そして現状、主張をするほとんどが、否定される方向で努力をしているということでもある。
と入れ墨をしていない一般人を卑下しない形での言い訳が必要、というわけである。
仮に、自分は浮気性であるから配偶者以外の女性と不適切な関係にならないよう、妻子の名前を刻んでいる、と説明されたらタトゥーを彫ること自体は批判できないのではないか。
あるいは薬物中毒者が自分の見える範囲に、戒めの言葉を刻むなど。
もっともこれで神や仏様を彫るようになると、今度は信仰心の強さのマウンティングが始まりそうである。
身体に関する説明としてのタトゥー
前掲の記事に書かれているが、ペースメーカー装着や片耳が聞こえない旨のサインなどはマウンティングとは無縁と思われる。
もっとも病気自慢という言葉もあるので、断定もできないが。
ピクトグラムを決めておけば良いのではないか。
もちろん、無資格医業ではなく、ちゃんと病院や診療所で施術すべき案件だ。
偏見のある社会を変えていきたい… #ワイドナショー pic.twitter.com/78jlJ4RDwz
— 雅(みやび)@戯雅 (@Galakuta09) 2018年8月26日
傷跡隠し
傷跡を隠すためのタトゥーである。
あるいは乳房切除の後の乳首の再建など。
乳頭再建などは普通の体に近づける施術であるので、黙っていればわからず、温泉経営者や一般の方も排除しようと思わないだろう。
しかし傷跡となると難しい。
他者を不快にさせる図柄は避けるべきであるが定義が難しい。
また傷跡隠しと主張されて、その真偽をどう確認できるか。
せいぜいシールで隠してもらうしか対応のしようがないのでは?
ファッションタトゥー
暴力団ではない、タトゥーは一般的になっている、と主張される方々はファッションタトゥーであることを前提にしていると思う。
しかしマウンティングツール、つまり力や精神性の誇示ツールとしてないと言い切れるのか。
温泉の場合
温泉は裸で入るところである。
そこで主義・主張を示すような物を見せられるのは不快なのである。
前掲の匿名ダイアリーで
ここで服は借りて着まわせばだれでもそのポストにつくことはできる。それよりも上の人としての価値(前述までの高級感)を上げるにはどうするか。
入れ墨である。体に特徴を持たせるのである。顔面の傷などもそうである。指がないといったものもそうである。
ここでまた話は脱線するが、僧侶は坊主である。なぜか。特徴をなくすためである。個人ではなく組織としての一部であるためである。
と個としての存在を消すために僧侶は坊主である、と書いてあったが、丸裸である(個性を消している)温泉で個性を主張することは生理的に受け入れ難いのではないか。
また丸裸な空間で、ドクロ柄や虎など、死や危険性を連想させる図柄を強制的に見せられるのはいかがなものか。
ヲタトゥー
私自身、オタク趣味の持ち主なわけで、これらの図柄では威圧感は感じないと思う。
もっともそれはキャラクターによりけりだし、知らない人から見れば威圧感を感じることもあろう。
刺青の素材として弁財天はわりとポピュラーなようだが、そのような女神を彫るのと、崇拝する萌キャラを彫ることに明確な区別はあるのか。
それより問題なのはキャラクターへの愛の強さを示すために入れる人が出てくるのでは、という懸念である。
若いときに好きなキャラクターを彫ったが、後年、興味が無くなる可能性もある。私自身もそんな変遷をたどっている。
これが痛車なら塗り直しも可能だし、車は買い替えていく物である。
なんかまとまりが無いが、この辺にしておこう。
無自覚な強者
事の次第
「イケてる航空総合研究所」という、いけてるこうくう氏が運営する航空関連ブログがある。
下記記事は家族旅行でのANAの対応に不満を述べたものだが、コメント欄が炎上している。
そして本人は自分のブログに好き勝手書いて何が悪い、という感じである。
コメントが荒れておりますが、思ったことを自由に書けるのが自分のブログというものですので、これからも思ったことを書いていきたいと思います。コメントへの返信は致しかねますm(_ _)m
— いけてるこうくう✈ (@FlyFromRJGG) 2018年8月9日
コメント一つ一つじっくり読ませてもらってますが、暴言コメント書き込む方が僕のブログに対するモンスタークレーマーなんちゃうか?と思い始めました。
— いけてるこうくう✈ (@FlyFromRJGG) 2018年8月9日
僕も基本的にANA派ですけれども、今回ばかりは「ちょっと頂けない・・・」と思ったので、感じたことそのまんまを書きました。単なる乗客が自分のブログに感想を書いて何が悪いんでしょうかね?
— いけてるこうくう✈ (@FlyFromRJGG) 2018年8月9日
上記記事で、いけてるこうくう氏は不満として
- プレミアムカウンターで見た目でメンバーで無いと判断されたこと。
- 往路便の機中で、温冷を間違えたドリンクを取り下げられるときに「口付けてないですよね?」とCAから確認されたこと。
- 復路便の機中で、子供を着陸25分前までに必ずトイレに連れて行くようにCAから言われたこと。
を挙げ、
いや~今回はセントレアのプレミアムカウンターと往復の機内で、地に墜ちたANAのサービスを見た感じがしました。スカイトラックス社で今年も5スターを獲得したエアラインとは思えないスタッフの教育ぶりです。 やはりANA本体じゃないからでしょうか?中部の地上職はANAの子会社(のはず)。そして往復のフライトはANAウィングス。やはり子会社となるとサービス水準が落ちるんですかねぇ。
地上で、機上で、仰天の不適切発言。これが5スターエアラインANAのサービスなのか!? - イケてる航空総合研究所
と締めているのである。
この記事の要旨
- 3の批判(というよりは中傷)は不当なものである。
- いけてるこうくう氏は業界の月刊誌に記事が掲載されるほどの人物である以上、自分のブログに好き勝手書けるわけではない。ましてやその影響力を背景にして要求を通すことをや。影響力や立場に応じた言論ができないなら、月刊誌掲載などのセミプロライター活動は辞退すべきである。
- 「世間知らずのお姉様」というのはCA個人に対する人格攻撃である。
- 理不尽な要求は現場の疲弊を招きかねない。
各不満の正当性
2の疑問は理解できるところである。
当該記事のコメント欄には
CTSべーす
もしいけてるさん一家が口にしていたとしたら、CAは飲み物をその場に置いておけませんから、すぐに廃棄する必要が出てくるはずです。
詳しい状況は描写されていないのでわかりませんが、もしその時CAが1人でサービスに当たっていたとしたら、サービスを中断し、1本しかない通路をカートごと移動しギャレーに戻らねばなかったはずです。
仮に2人がペアで対応していたとしても、国内線の短いフライトタイム、他にやらねばならないことも大量にある中で大きなロスです。
であれば、飲んでいないお茶は改めて出さない限り衛生上問題なく、サービスを続行するほうがよいと判断しただけのように思えます。
と書かれており、CAの質問は理由のあるものらしいが「素人」が疑問に思って不満を述べてしまうのは仕方あるまい。
実際、2に関しては理解できる旨の反応が多いようである。
1に関してもメンバーとなるための出費に見合ったサービスかどうか、という判断でもあり、新千歳でスマホのみで対応できたのだから従業員の教育やマニュアルの問題とも言える。
さて問題は3である。
CAにエスパーを求める点では誕生日ファーストクラス男と一緒
いけてるこうくう氏、そんな航空ブログを書いてるぐらいだから飛行機の搭乗については当然詳しい。3の不満は自分は理解してるんだから子供のことに関して「世間知らずのお姉さま」のCAは口出しするな、ということである。
こっちは、世間知らずのお姉様にいちいち子供の扱い方の指図をされたくないわけです。正直、「オマエにウチの子の何がわかる!」って言いたくなります。その子にはその子の特性があって、それを一番分かってるのが親なんです。
地上で、機上で、仰天の不適切発言。これが5スターエアラインANAのサービスなのか!? - イケてる航空総合研究所
そんな搭乗客個人の搭乗リテラシーがどの程度かなんて顔なじみにでもなって無ければわからないわけです。
ステータスを獲得できるくらい飛行機に乗っていたとしても、通常は一人で乗っているなら子連れ時に適切な行動を取れる保証は無いわけでして。
コメントにも書かれているように、乗りなれてない人にとっては声がけが無いと対処できない場合もあるわけです。
そうなるとリテラシーが低い方に合わせて声がけするのは合理的なわけです。
さて、このCAにエスパーを求める態度(もしかしたら子連れ客全員に声がけは不要と考えているのかもしれませんが)でANAと言えば誕生日にファーストクラスに乗って、誕生日を祝われなかったからと不満を投稿した方を思い出します。
強者であることに無自覚なのか。
いけてるこうくう氏が単なる航空趣味者で、影響力が無ければここまで私は関心を持たない。私は地べたを這いずる乗り物の方が好きなので。
本業が何かは知らないが、下記ツイートのように航空趣味の商業誌である月刊エアラインに記事を載せられる人である。
月刊エアライン7月号は本日発売。今回は中国南方航空のA380ファーストクラスをレポートしています。デルタの3マイルを使ってコスパの高い航空旅行を実現するならこの路線がおススメです。 pic.twitter.com/mgjKYCqdZm
— いけてるこうくう✈ (@FlyFromRJGG) May 30, 2018
この手の雑誌に記事を載せられる人の影響力がどの程度か、航空オタクではない私にはわかりかねるのだが、一介のブロガーと同一視はできまい。
鉄道業界における川島令三氏ぐらいの影響力ならどうでもよいかもしれないが。
主張はほぼすべてコストや実情を度外視した具体性に乏しい妄想、理想ばかりであり、個人の趣味に偏った主張など価値観の押し付けとしか思えない姿勢への賛同者も多い。
もっとも川島氏は鉄道従業員個人を理不尽な理由で批判をしたことは無いように思う。
従業員個人の人格を攻撃している時点でアウト
前掲の誕生日ファーストクラス男を擁護(?)する記事としては下記のがある。
記事の趣旨としてはANAが「察するサービス」を押すあまり、CAが「察するサービス」を提供するためにプライバシーを無視した尋問を行ったりで、会社やCAの自己満足でしかないということである。
この記事ではCA個人の人格ではなく、あくまでも会社の方針やマニュアル、評価システムへの批判である。
いけてるこうくう氏は前掲の引用のように「世間知らずのお姉様」と表現しているわけである。
こうなると会社のマニュアル等よりも個人の問題になってしまう。
コメントには
CTSべーす
いけてるさんが直接クレームを出されたのかはわかりませんが、少なくともこういうブログで発表されれば、まともな会社、或いは逆に体面を気にする会社は徹底的な社内調査をします。
その結果、特に後者の会社の場合、指摘に基づき現場の対応が問題視され、こういうクレームを受けないためにさらにマニュアルがさらに厳しくなります。
そうやって現場は疲弊していくのです。
と書かれている。このコメントをした方は名前から、航空会社の新千歳空港のスタッフだろうと思われる。
会社がモンスタークレーマーからの要求は無視し、従業員を守るのであれば問題ないが、体面を気にしている場合、コメントにあるように現場が疲弊したり、あるは当該CAが不利益を被るおそれがあると考えるわけである。
ましてや商業誌に記事を書けるほどの人物に文句を書かれた場合をや。
また
今度は往路の機内での話。どこに行ったかはあえて言いません。ストーカー読者様にはすぐに分かっちゃうんですけれども、クルーの名誉のためにも記事単体ではわからないようにしておきます(笑)。
地上で、機上で、仰天の不適切発言。これが5スターエアラインANAのサービスなのか!? - イケてる航空総合研究所
と他の記事を読めば特定できそうなことをわざわざ書いてるのである。
これを恫喝的と捉えるのは穿ち過ぎかな?
私は航空に無関心なわけでもないが、地べたを這いずる乗り物の方が好きにも関わらず、今回のいけてるこうくう氏の記事に絡むのは、事が影響力を持った強者による、労働者個人の人格への攻撃だからである。そしてこのような過剰な要求が労働環境の悪化を招くからである。
つまり言論の責任と労働の問題だからである。
最初は一介のブロガーであろうと、影響力をつけてきた(強者になった)ならそれに応じた責任も自覚すべきだろう。
無免許柔道整復での逮捕
以下引用(強調、着色は筆者による。)
無資格者に柔道整復の施術をさせ療養費をだまし取ったなどとして、県警生活経済課と松戸署は11日、柔道整復師法違反(業務の禁止)と詐欺の疑いで、「なゆほ整骨院秋山駅前院」(松戸市秋山1)を経営する元競輪選手の柔道整復師、小暮征宏容疑者(52)=同市二十世紀が丘美野里町=ら3人を逮捕した。
ほかに逮捕したのは柔道整復師、本房さおり容疑者(29)=同市栄町3=と整骨院従業員、天野拓容疑者(41)=同市二十世紀が丘美野里町。
逮捕容疑は共謀し、同整骨院で今年1月9~16日、天野容疑者が柔道整復師の免許がないにもかかわらず、40~60代男女3人に計4回にわたり施術。本房容疑者が施術したように装って療養費を不正に請求し、全国健康保険協会千葉支部から4440円をだまし取ったとされる。
同課によると、3人は容疑を認めている。小暮容疑者が2015年6~7月ごろ、資格取得の専門学校で知り合った天野容疑者を誘い「免許を持った人が来るまで施術をして」などと指示。「違法なことは分かっていたが(天野容疑者が)施術の勉強をしていたのでいいだろうと思った」と供述している。
本房容疑者が休みの時などに天野容疑者が施術していた。同課は、15年10月から17年5月までに、天野容疑者が延べ約7400人に施術し、小暮容疑者が療養費約1180万円を不正に請求してたとみて裏付けを進める。
健康被害は確認されていない。昨年7月に損害保険会社から情報提供があり、捜査していた。
容疑者を整理すると
天野容疑者と同姓同名で柔道整復師学校に通っているツイッターのアカウントを確認したが、年齢的には違いそうである。
現役の学生か、国試浪人組、あるいは中退組かは不明である。
さて、これまでは柔道整復師が保険金詐欺や療養費の詐欺で逮捕される事例はあった。しかし無免許柔整での逮捕例は私が知る限りでは無い。
とはいっても検察統計を調べてみると柔道整復師法違反で略式命令や不起訴処分はあったりする。
ただし、柔道整復師法違反と言っても無免許柔整のみならず、広告違反なども含まれるため、無免許柔整をどのくらい、警察・検察が事件として取り上げているかは不明である。
また無免許柔整に関する正式裁判は、私が調べた限りではD1-law.comには載っていなかった。
だが、これからは違ってくるのだろう。
もっとも今回は分院展開し、一方の院に柔道整復師がいない日が生じ、療養費詐欺も絡んだため立件できたとも思われる。
柔整師が指示なり、少し施術した形をとると立件は難しくなる。
そこら辺は今後の課題だが、保険や療養費の詐欺が絡むと警察はやる気を出すので、不正請求を行っている整骨院の片棒を担ぐのは止めたほうが良い。
そもそも助手を雇う場合、専門的なことなら柔道整復師にやらせるべきだし、誰にでもできる行為なら素人でOKなのである。