消費者契約法に基づき、カイロプラクティック施術の施術料の返金を求めた訴訟

国民生活センターは消費者契約に関する判例集を公開している。

[PDF]消費者契約法に関連する消費生活相談の概要と主な裁判例

その中にカイロプラクティックの施術料の返金を求め、棄却された裁判例が掲載されている。

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東京地裁平成25年3月26日判決

 

原告の主張

消費者である原告は、肩こりや頭痛などの症状についてインターネットで通院先を探し、被告らとの間でカイロプラクティックの施術契約を締結し、施術を受けた。

原告は、被告らが、原告の猫背、頭痛、肩こりはカイロプラクティックによる施術によって治るとは限らないにもかかわらず、それを故意に告げず、かえって、原告らの症状が治ると将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供したため、原告は、本件各施術によって症状が治るのが確実であると誤認したと主張し、法(筆者注:消費者契約法)4条2項により本件各施術契約を取消す旨の意思表示をし、不当利得の返還請求をした。

 

判決の内容

カイロプラクティックの施術における「猫背、頭痛、肩こりの症状を改善させる効果の有無」については、消費者契約の目的となる役務についての「質」に該当すると認められる。

被告らが、本件各施術によって猫背、頭痛、肩こりの症状が改善していく旨の説明をしたことは認められるが、施術によって症状が改善しないと認めることはできないから、被告らが本件各施術によって症状が改善しないにもかかわらず改善する場合があると告げたと認めることはできない。

また、被告らが、原告に対し症状が軽減、消失しないことを告知しなかったことが法4条2項に反するとはいえない

そして、被告らが「猫背、頭痛、肩こりが治る」などという断定的明言をした事実を認めることはできず、原告において、猫背、頭痛、肩こりが確実に治ると誤信したと認めることは困難である。

被告らが、症状が改善しない場合があることを故意に告げなかったとも認められない

以上により、原告の本件各施術契約の申込みの意思表示につき、法4条2項に基づいて取消すことはできないとして、原告の請求を棄却した。

消費者契約法第4条第2項

 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。

いわゆる「不利益事実の不告知」というものである。

 

国民生活センターの文献の記載から、無免許施術の違法性や、国家資格を有しないことが不利益事実である旨の主張をしていなかったとは思われるが、これまでは判例データベースに判決文が存在しないため、検証ができなかった。

D1-Law.comに判決文が収録されていたのでこの判決について検証する。

 事件番号等

東京地方裁判所 平成25年3月26日判決

平成23(ワ)40456

事件名:不当利得返還請求事件

出典:D1-Law.com判例体系 29027488

当事者と請求内容など

原告、被告双方に代理人(弁護士)はついてる。

原告

  • 原告X1:昭和20年代生まれで、原告X2の母
  • 原告X2:平成生まれの女性

被告など

  • 被告Y1:国内の診療エックス線技師学校を卒業後、米国のB大学でドクターオブカイロプラクティック(DC)およびレントゲン分析の学位を取得。東京都内でY1治療室(施術所)を開業。日本国内の診療放射線技師免許を持っているかどうかは不明。被告Y2と訴外Cの父親。
  • 被告Y2:米国の高校を卒業後、B大学を卒業し、DC取得。Y2オフィス(施術所)を開業。
  • 訴外C:米国の高校を卒業後、B大学を卒業し、DC取得。Y1治療室の従業員として施術。

請求内容

  • Y2はX1に2万円と金利を払え。
  • Y2はX2に6万1,000円と金利を払え。
  • Y1はX1に13万2,000円と金利を払え。
  • Y1はX2に42万9,500円と金利を払え。

合計で、被告らは原告らに対し、合計64万2,500円と金利を支払え。

である。 

原告らは最初、Y2オフィスで施術を受けていたが、Y1治療室で働いている訴外Cの施術料が安いということで、Y1治療室に転院している。

 

原告代理人消費者問題霊感商法に取り組んでいる弁護士である。

正直、この請求金額では弁護士の儲けは殆ど無いだろう。

判決は平成25年(2013年)3月で、国民生活センターから整体やカイロプラクティック健康被害の報告書が出されたのは2012年8月である。

手技による医業類似行為の危害−整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も−(発表情報)_国民生活センター

 ここで控訴し、主張を治療効果の有無ではなく、無免許施術であることを説明しなかったこと、医業類似行為で違法な施術であり、公序良俗に反する旨を主張してくれればよかったのだが、この訴額で控訴は割に合わないだろう。

また裁判官がヒントを与えるような判示をしてくれれば良かったのだが、そういう様子も判決文には無い。

 

裁判官がヒントをくれた裁判例

binbocchama.hatenablog.com

 通院状況など

原告X2の通院状況

X2は平成19年11月にY2オフィスに通い始め、同年12月下旬までの間、10回の施術を受けた。平成20年1月にY1治療室に転院し、平成21年9月までに86回、Y1治療室でCの施術を受けた。

Y2,Y1の通しでは平成19年11月から平成21年9月までの1年10ヶ月の通院である。

原告X1の通院状況

X1は平成19年12月にY2オフィスで3回施術を受けた。平成20年1月から平成21年3月まで27回、Y1治療室でCの施術を受けた。通算で1年4ヶ月の通院である。

 

争点と主張

争点

 本件の争点は、本件各施術契約が消費者契約法4条2項によって有効に取り消されたかである。

原告の主張

( 1 ) 原告らは、被告Y2及びC(以下「被告Y2ら」という。)との間で、本件各施術契約を締結したものであるが、被告Y2らは、原告X2の頭痛、肩こり、猫背及び原告X1の猫背が、カイロプラクティックによる施術によって治るとは限らないにもかかわらず、それを故意に告げず、かえって、原告らの上記症状が治ると将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供したため、原告らは、本件各施術で上記症状が治るのが確実であると誤認し、それによって、本件各施術契約締結の意思表示をしたものである。

 また、少なくとも、被告Y2らは、原告らに対し、本件各施術が原告らの上記症状の改善に効果があるし、効果があった多くの実例があると説明したことから、原告らは、上記被告Y2らの説明が真実であると信じたため、本件各施術を受けることとした。

しかも、Cは、自らのカイロプラクティックの施術が「長期間あるいは頻回のカイロプラクティック療法による施術によっても症状が軽減、消失しない場合には、施術を中止して速やかに医療機関において精査を受ける」べきであるのに(甲6)、かかる重要な不利益事実を告知せず、長期間・多数回にわたって通院させ、高額の施術料を支払わせたものである。

 

( 2 ) 以上によれば、原告らは、消費者契約法4条2項に基づき本件各施術契約を取り消すことができる。

 甲6号証というのは他の部分も読むと、下記通知と思われる。

医業類似行為に対する取扱いについて|厚生労働省

(3) 適切な医療受療の遅延防止
長期間あるいは頻回のカイロプラクティック療法による施術によっても症状が増悪する場合はもとより、腰痛等の症状が軽減、消失しない場合には、滞在的に器質的疾患を有している可能性があるので、施術を中止して速やかに医療機関において精査を受けること。

というわけで、原告は

  • カイロプラクティックの施術契約が違法契約であり、公序良俗に反し無効であること
  • 国家資格制度の存在と、自身らが無免許であることを告知していないことが「不利益事実の不告知」であること

を主張しているわけではない

原告の主張は

  • 被告Y2らは、原告X2の頭痛、肩こり、猫背及び原告X1の猫背が、カイロプラクティックによる施術によって治るとは限らないにもかかわらず、それを故意に告げなかった。
  • 上記症状が治ると断定的判断を提供した。

ことが「不利益事実の不告知」である、ということだ。

 被告の主張

( 1 ) 被告Y2らが原告らに対し、カイロプラクティックの施術により「猫背、頭痛、肩こりが治る」などという断定的明言をした事実はなく、原告らが、猫背などが確実に治ると信じて本件各施術を受けた事実もない。
被告Y2らは、原告らに対し、「頸椎や脊椎のアジャストメントをすることにより、自然治癒力を高め、これを最大限発揮させるようにし、その結果として症状の改善を目指したい」旨を提案し、原告らは、被告Y2らの施術を受けることを希望し、本件各施術契約を締結した。

上記説明、提案の過程及び本件各施術期間中においても、被告Y2らが、原告らに対し、「カイロプラクティックによって猫背、頭痛、肩こりが治る」などという断定的明言をした事実はない。

 

( 2 ) 以上によれば、原告らの消費者契約法4条2項に基づく本件各施術契約の取消しは認められない。

裁判所の判断

効果の有無について

  • 本件各施術契約において、将来における変動が不確実な原告らの猫背、頭痛、肩こりの改善の程度については「重要事項」に当たらないと解するのが相当である。
  • カイロプラクティックの施術における「猫背、頭痛、肩こりの症状を改善させる効果の有無」については、消費者契約の目的となる役務についての「質」に該当すると認めるのが相当である。
  • 本件全証拠によっても、カイロプラクティック療法による施術によって猫背、頭痛、肩こりの症状が改善しないと認めることはできないから、被告Y2らが、本件各施術によって猫背、頭痛、肩こりの症状が改善しないにもかかわらず、改善する場合がある旨告げたと認めることはできない。
  • 原告らの症状が全く改善されていなかったと認めるに足りる証拠はなく、…原告X2は、原告X1が本件Y1治療室に通院することを中止した後も、半年近くの間通院を継続していることからすれば、原告らの症状が全く改善していなかったと認めることは困難であり、原告らが長期間通院していた間に、原告らの症状が改善しないものと確定したと認めることはできない

断定的判断について

  • 被告Y2らの尋問の結果によれば、上記のとおり、被告Y2らが、本件各施術によって、猫背、頭痛、肩こりが改善される旨の説明をしたことは認められるが、「猫背、頭痛、肩こりが確実に治る」との断定的明言をした事実までは認められず
  • また、原告らが本件各施術を受けるに当たって確認したとする被告らに関するホームージ等(甲1、19、20、枝番含む)によっても、「猫背、頭痛、肩こりが確実に治る」といった断定的明言をした記載は一切認められない

 どう主張すればよかったのか?

  1. 国家資格制度が存在することと、自身らが無免許であることを告知しなかったことが不利益事実の不告知である。
  2. 被告らの施術行為は医師法第17条に違反する違法施術であり、施術契約は公序良俗に反して無効である(民法90条)。
  3. 被告らの施術行為はあはき法第12条に違反する違法施術であり、施術契約は公序良俗に反して無効である。昭和35年判決は現在維持するのに相当ではない(要判例変更)。

 

およそ、このような主張が考えられる。

 

最初のY2オフィスの通院状況に関しては

 イ 原告X2の通院状況

 原告X2は、同月19日から同年12月26日までの間、10回にわたり、本件Y2施術2を受けた(前記前提事実( 6 )、甲2、乙5の1 )

 原告X2は、平成19年11月19日、治療を開始するに当たって本件Y2オフィスの問診票に、その症状として「全身だるい、猫背、頭痛(緊張性頭痛)、起きている間はずっと出ている、モヤモヤ、頭がスローなかんじ、たまに手足のしびれ、肩こりもひどい」と記載し、また、カイロプラクティックの受療経験は「あり」と記載した。(乙5の1、弁論の全趣旨)

 原告X2は、平成19年11月27日、本件Y2オフィスを併設しているDクリニックにおいてX線撮影を行い、被告Y2から、X線撮影結果に基づき、頸椎、胸椎、腸骨、仙骨の各変位、腰椎の回旋、腰の傾き等を指摘された。(乙5、16、枝番含む)

ウ 原告X1の通院状況

 原告X1は、同年12月5日から同月26日までの間、3回にわたり、本件Y2施術1を受けた。 (前記前提事実( 5 )、乙8の1 )

 原告X1は、平成19年11月27日、DクリニックにおいてX線撮影を行い、被告Y2から、X線撮影結果に基づき、胸椎、仙骨、腸骨の各変位の回旋、腰の傾き等を指摘された。(乙8、乙9、枝番含む)

 原告X1は、治療を開始するに当たって本件Y2オフィスにおいて問診票を記載したが、問診票に、症状を記載しなかった。(乙8の1)

 と判示されている。

問診が医行為であることは最高裁の判決が有るし、レントゲン写真の読影も医行為である旨の判決が有る。

被告人が断食道場の入寮者に対し、いわゆる断食療法を施行するため入寮の目的、入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、それらの者の疾病の治療、予防を目的としてした診察方法の一種である問診にあたる。 

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51069

 

柔道整復師放射線を人体に照射することを業とした場合には、技師法二四条一項に違反し、同条三項の罪が成立するにとどまり、医師法一七条に違反した者を処罰する同法三一条一項一号の罪は成立しないものというべきである。*1
 そうすると、原判決及びその支持する第一審判決は、被告人が放射線を人体に照射することを業とした行為に対し、技師法二四条一項、三項のほか、医師法一七条、三一条一項一号を適用した点において、法令の解釈適用を誤っているが、被告人は、エックス線写真の読影により骨折の有無等疾患の状態を診断することをも業としたものであって、この行為については同法三一条一項一号の罪が成立するのであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50361

よって、2の主張が可能だったと思われる。

原告代理人はあまり医師法違反の判例に詳しくなかったように思える。

 

また国民生活センターの報告書により、カイロプラクティックは人の健康に害を及ぼすおそれが有る蓋然性が出てきた。

なので、おそれが無いことの立証責任を被告に負わせることも可能だったかと思われる。

無免許施術が合法と言えるためには安全性の証明は必要だろう。

 

binbocchama.hatenablog.com

 また現在では消費者庁からも無免許施術の健康被害の報告書が出されている。

[PDF]法的な資格制度がない医業類似行為の手技による施術は慎重に

これらの立法事実や薬事法の大法廷判決などを引用すれば昭和35年判決の判例変更は可能だと思われる。

binbocchama.hatenablog.com

 

なお、このような主張をして施術料金の返金を求めた裁判例を私は知らない。

実際、このような形での訴訟が行われていないのか、それとも和解で終わっているのか。

和解で終わっていれば当然判例データベースに掲載はされない。

 

無免許業者からすれば、被害者に金を積んで黙らせる(口外不可条項)のが賢明な判断である。

*1:旧法の規定であり、現在は医師の指示なしで人体に放射線を照射すれば医師法違反が成立する。